メニュー

6 何が問われているのか考える

美術鑑賞をするうえでもっとも困難を感じるのは,現代アートと総称される作品でしょう。食わず嫌いの人も多いでしょうが,ひとたび深く見入ってみるとなかなか味わいがあり,飽きがきません。

マルセル・デュシャンの《泉》(カナダ国立美術館)を鑑賞してみましょう。

《泉》を見て奇妙だと思う人もあれば,首を傾げる人もいます。苦笑する人,ふざけていると怒り出す人も多いのです。一瞥しただけではおそらくそういう感想に落ち着くでしょう。誰がどう見ても男性用便器にすぎないのですから。
このような作品には「これは何だろう?」という疑問をもって思索することが有効です。作者が何を言おうとしているのかではなく,われわれに「何が問われているのか」を考えることによって,鑑賞が可能になります。
その際の手がかりとしていくつかの方法があります。

  • 見立ててみる
  • 何かの比喩もしくは象徴として見る
  • 擬人化して見る
  • 自分の経験や日常と重ねて見る

といった方法が有効です。

まず,これは明らかに工芸作品ではありません。陶器のようですが常識的な器ではない。それではいったいこれは何なのでしょう。新品のようだが,市販の便器に間違いはない。美術が創作であるのなら,いったいデュシャンは何を創ったのでしょうか。このように問いを考えることもできます。便器の視覚的な外観を実際には何も変化させなかったけれど,ではデュシャンは何を変化させたのだろう,という問いも考えられます。もちろん,自問自答しても構いません。
確かに便器であることに変わりはないが,本来の便器としての機能が奪われています。しかも置かれ方も便器としての向きではありません。そのことに気づいたら,それが何を意味しているかを考えてみましょう。この置き方は,便器についての見方や考え方をどんなふうに変えましたか?手短に言えば,何に見えるかを楽しんでみるということです。

という具合に思索して作品を見ていくことが,この手の作品を鑑賞する有力なアプローチです。とりわけデュシャンが目指したのは,アートを知的なゲームとしてつくることだったのですから。

関連書籍

対話による美術鑑賞の決定版!
『風神雷神はなぜ笑っているのか 対話による鑑賞完全講座』 (上野行一 著)