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ヨシタケシンスケ、「せいかつ たんけんたい」を語る

授業に役立つ

2023年12月15日 更新

ヨシタケシンスケ 絵本作家

令和6年度版 小学校生活科教科書「せいかつ たんけんたい」に、企画段階から参画してくださった絵本作家のヨシタケシンスケさんにお話をうかがいました。

目次

僕の考える子どもと教科書
ヨシタケシンスケ、「せいかつ たんけんたい」を語る(動画)
ヨシタケさんから、みんなへ(動画)

僕の考える子どもと教科書

教科書らしくない部分を担当しました

できあがった教科書を手に取られて、まずお感じになられたことはありますか。

ヨシタケシンスケさんの画像

ヨシタケ

大変でした(笑)。特に、教科書の中での僕の立ち位置を決めるまでが難しかったですね。
生活科の教科書に関わるのであれば、「教科書らしくない部分」を担当しないと、僕がやらせてもらった意味がないと考えていました。
教科書は、「ふつうこれぐらいならついてこれるよね」という内容がまとめられています。それは、教科書の役割の一つだから当然のことです。でも、みんなで取り組むと、うまくいかない子や乗り気でない子が必ず出てくる。そんな「教科書に追いつけない子」にピントを合わせて描くことが僕の役割だと考えました。

 

教科書は、ある意味、「めくらなければいけない本」でもあります。だから、追いつける子の思いも、そうでない子の思いも、両方が入っていることが大事なのかなと。「教科書らしくない部分」があることで、教科書がいろいろな子の味方になることも起こりうると思うんです。
そう考えたときに、僕のパートでは、教科書通りにはいかない現実を描いていこうと思いました。アサガオの栽培でいえば、教科書やクラスのみんなと同じように種をまいても、うまく育たないことってある。僕が子どもだったら、そういう地に足の着いた内容が教科書の中に入っていると、うれしいなって思ったんです。

 

教科書と同じようにできるのが当たり前だと思っちゃう子って少なからずいて、僕自身それに苦しめられていました。「これはあくまで理想だから」と誰かが言ってくれると、そういう子でも、なんとか学校と付き合えるんじゃないかと。

「失敗しても大丈夫」が生む勇気

コーナーを通して「失敗する」「うまくいかない」が一つのテーマとなっていますね。

ヨシタケシンスケさんの画像

ヨシタケ

うまくできない子を叱りたくないという思いが、僕の中にはずっとあるんです。そういう子には、「できないことってあるんだよ。気にしなくてもいいんだよ。」と声をかけてあげたい。
今の時代、大人ですら「失敗するわけにいかない」という思いに囚われていて、新しいチャレンジができなくなっている。でも、「これってみんなやっちゃう失敗だから」と言ってもらえたら、もっといろいろなことができると思うんです。教科書でも、いろいろな失敗を具体的に見せてあげれば、「この子と同じだから、別に僕も大丈夫なんだ」と感じてもらえる。それが、ある意味、何かをやってみる勇気を生むんじゃないかなと。

 

特に低学年の子って、何で学校に行かなきゃならないのか、納得していない子がいっぱいいると思うんですよね。学校に来ても楽しくない、教科書を読んでもつまらない子は、学校って行く意味があるのかなって思ってしまう。
そんなときに、せめて教科書の中に自分と同じような顔をしている子がいたら、うれしいんじゃないかと思うんです。笑顔の子もいるし、そうでない子もいる。うまくいくこともあるし、いかないこともある。そういう幅広い具体例を見せてあげるのはすごく大事なことですよね。

「なんとかなるよ」と言ってくれる大人の存在

ヨシタケさんが描く大人は、子どもを否定せず、共感的に受け入れています。大人の描き方については、どんな思いがありますか。

ヨシタケシンスケさんの画像

ヨシタケ

絵の中に登場する大人は、親として「こう言ってあげればよかった」という、僕自身の思いが反映されています。子どもに「いいんだよ。いいかげんでもなんとかなる」と言う大人がよく出てくるのは、自分も含めてそういうことを言える人が少ないからかもしれません。
この教科書を読んだ大人が、ここに載っている子どもへの切り返しを一つでも思い出して、やってみようかと思ってもらえれば、5年、10年経ったときに、その人と子どもとの関係がずいぶん違うものになっているんじゃないでしょうか。

 

あと、大人の弱みを上手に見せることも大事なんじゃないかと思っています。大人だって機嫌が悪いときもあれば、できないこともあるわけで、大したもんじゃない。大人に叱られても、自分が悪いわけじゃなくて、八つ当たりされているだけかもしれない。大人にもそういう「ぶれ」があるんだと知っていれば、子どもも、自分は自分のままで大丈夫なんだと思えるんじゃないでしょうか。
大人との関係だけではなくて、物事には、何をどうやってもうまくいかないときがあります。野菜名人のおじさんが「(うまく育たないことに、)りゆうがないときもあるけどね。」と言ってますよね(下巻P.27)。これも僕が言いたかったことの一つです。大人なら経験的に知っているけど、子どもは全部自分のせいだと思ってしまう。「君が悪くないこともあるよ」という例が入っている、しかも、野菜名人が言っているということが大事だと思ったんです。

君はちゃんと君らしく大きくなれる

「失敗しても大丈夫」という点とあわせて、「失敗したときにどう考えるのか」ということも、大事にされていると感じました。

ヨシタケシンスケさんの画像

ヨシタケ

「物は言いよう」と言いますが、自分のアサガオが大きくならなくても、「ちっちゃいままでいるのがすきみたい!」(上巻P.37)と考えれば、不必要にしょんぼりすることがない。そういう捉え方のレパートリーを増やすのが大事ですよね。一生懸命育てたミニトマトに、実ができてうれしい、でもあんまりおいしくない、でもうれしい、という一コマがあります(下巻P.33)。喜びとおいしさとがセットとは限らないというのは、大きな気づきです。実は、価値の作り方の選択肢って、けっこう幅があるものなんですよね。
僕は人一倍気持ちが打たれ弱いところがあって。だからこそ、「どうおもしろがれるか」「どう気持ちを持続できるか」ということを考えざるをえませんでした。そこで、日々拾い集めた、自分をワクワクさせるためのかけらを使って描いているんです。

 

失敗したときの感情も大事ですよね。負けて悔しかったことも、意地悪されて悲しかったことも、うれしかったこと、楽しかったことと同じ価値がある。だから、下巻末にかいたメッセージ(下巻P.98)も、「この教科書どおりにやれば、どんどん成功を積み重ねていける」という趣旨にはしたくありませんでした。それはうそですから。
ネガティブなものも含めていろんな感情とともに生きていくのが人生ですし、そういうさまざまな感情の積み重ねで、自分らしく成長していくことができる。だから、子どもには、「うまくいっても、いかなくても、君はちゃんと君らしく大きくなれるから大丈夫だよ。」ということを伝えたいですね。

ヨシタケシンスケ、「せいかつ たんけんたい」を語る(動画)

ヨシタケさんから、みんなへ(動画)

 

撮影:長岡博史(サムネイル写真)

ヨシタケシンスケ

絵本作家

1973年神奈川県生まれ。筑波大学大学院芸術研究科総合造形コース修了。日常のさりげない一コマを独特の角度で切り取ったスケッチ集や、児童書の挿絵、装画、イラストエッセイなど、多岐にわたり作品を発表。『りんごかもしれない』で第6回MOE絵本屋さん大賞第1位、第61回産経児童出版文化賞美術賞、『もうぬげない』で2017年ボローニャ・ラガッツィ賞特別賞、『このあと どうしちゃおう』で第51回新風賞を受けるなど数々の賞を受賞。そのほか『思わず考えちゃう』『なんだろう なんだろう』『あんなに あんなに』『かみはこんなに くちゃくちゃだけど』『日々臆測』など著書多数。2児の父。

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