通常学級での特別支援教育
2019年4月5日 更新
川上 康則 東京都立矢口特別支援学校主任教諭
通常学級で特に気をつけたい特別支援教育のポイントを、新任・若手の先生方に向けて解説します。
川上康則(かわかみ・やすのり)
1974年、東京都生まれ。東京都立矢口特別支援学校主任教諭。公認心理師、臨床発達心理士、特別支援教育士スーパーバイザー。立教大学卒業、筑波大学大学院修了。肢体不自由、知的障害、自閉症、ADHDやLDなどの障害のある子に対する教育実践を積むとともに、地域の学校現場や保護者などからの「ちょっと気になる子」への相談支援にも携わる。著書に、『通常の学級の特別支援教育 ライブ講義 発達につまずきがある子どもの輝かせ方』(明治図書出版)、『こんなときどうする? ストーリーでわかる特別支援教育の実践』(学研プラス)など。
第36回 言葉よりも先に手が出る子
今日のポイント
- たたく・蹴るなど、言葉よりも先に手が出るという行動に対する指導では、「たたかないでいること、蹴らないでいること」を目ざす「我慢」型の目標が設定されていることが多い。しかし、このやり方では、目標を達成したとしてもいわば当たり前と見なされてしまうため、なかなか行動の修正につながらない。
- たたく・蹴るなどは、これまでは「暴力」と見なされることが多かったが、実は「その場で取るべき行動レパートリーの乏しさ」に由来する「適切な行動のエラー」であると捉え直すことができる。
- 段階的かつ具体的な指導を進めていくと、変化や成長につなげることができる。
なぜ、たたく・蹴る行動に対する指導が難しいのか
自分の思いどおりにならなかったり、気に入らないことがあったりすると、衝動的に相手をたたく・蹴るなどの行為に出てしまう子どもがいます。なかには、八つ当たり的に無関係な子どもを狙う場合もあります。そうした子たちに、どのような指導をしていますか?
一般的には、以下のような指導が多いのではないでしょうか。
- 厳しく叱る。
- 二度としないように約束させる。
- 繰り返し、よく言い聞かせる。
- 「暴力は犯罪だ」と伝える。
- 「たたかれた相手の気持ちに立って考えなさい」と叱る。
- 「今度もしたたくようなことをしたら、教室や学校から出ていってもらう」と脅す。
- 保護者を呼び、家できつく言い聞かせてもらう。
ところが、これらの指導は子どもの行動の改善には、なかなかつながりません。というのも、これらはすべて、「たたかないでいること、蹴らないでいること」を目ざす「我慢」型の到達目標を設定したものだからです。
結果的に、「今日は何もやっていないよね?」という「監視」型のアプローチを取らざるをえなくなり、先生と子どもの間の信頼関係はどんどん損なわれていきます。
「マイナスをゼロにする」という発想のもとでは、ゼロである状態は、別の言い方をすれば「当たり前の状態」になってしまうため、達成できたとしても大してよい評価を得ることができません。そのため、「たたかないでいられた」ことについての振り返りもないがしろになってしまうのです。
すぐに手が出てしまう子どもの背景を考える
あらためて、言葉よりも先にたたく・蹴るなどの衝動的な暴力行為が出てしまう背景要因を考えてみましょう。
- たたく・蹴る以外の行動を獲得していない段階にあるため、パターン的にたたく・蹴るが出てしまう(代替行動の未学習)。
- 過去に、たたく・蹴るなどの行動でうまく乗り切った経験があり、それが継続したために出てしまう(誤学習)。
- 言葉で自分の気持ちを伝えたり、相手の返答や反応を待ったりするスキルが乏しい(対人スキルの乏しさ、実行機能の弱さ)。
- 相手の都合を尋ねるスキルが乏しく、発揮できていない(対人スキルの乏しさ)。
- 相手が自分の要望を承諾してくれたときにお礼を言ったり、相手から断られたときに気持ちを切り替えたりするスキルが乏しい(その場にふさわしい行動の未学習)。
- たたいたり、蹴ったりしたときと、その場にふさわしい行動が取れたときの「結果の違い」が予測できていない(近い未来の予測や経過の見通しの乏しさ)。
これらの背景を踏まえれば、周囲が「暴力」と見なしてきたその子の行動は、実は「その場で取るべき行動レパートリーの乏しさ」に由来する「適切な行動のエラー」であると捉え直すことができそうです。
改善には、段階的かつ具体的な指導を!
衝動性が高い子どもが本当に必要としているのは、マイナス行動の「我慢」ではなく、代替行動の「学習」です。これは、今、自分が取っている行為の代わりになる行動を、学習によって獲得していくという考え方です。
前述のとおり、「暴力で解決しようとする」ということは、裏を返せば、「暴力以外に解決できるすべをもたない(未学習)」または「暴力で要求などが通った経験しかない(誤学習)」ということになります。そこで、「未学習部分の獲得」と「誤学習の修正」を目標にして指導に当たります。
学習は、求めるレベルが高くなりすぎるとうまくいきません。段階的かつ具体的に、一歩ずつ進めていきます。
まずは「人をたたく・蹴るよりも、机をたたく・椅子を蹴る・壁を殴るほうがよい。人に危害が及ばないように」と伝え、机をたたくなどの練習をします。この練習を「リハーサル」とよびます。リハーサルに付き合ってくれるようになれば、その子との信頼関係が築けてきたことの証です。
次の段階では「物に当たるよりも、自分の手のひらをパンチしたり、地面を何度も踏みつけたりするほうがよい。物が壊れたりしないように」と伝え、また手のひらへのパンチなどの練習をします。
さらに次の段階では、「手のひらパンチや地団駄よりも、“悔しい!”などと叫ぶほうがよい。攻撃的でなく見栄えがよいし、人も物も傷つかない」と伝え、悔しい!と叫ぶ練習をします。
声で表現できるようになったら、声の大きさや威圧的にならないような言い方・トーン・表情を学習する段階に入ります。大人がモデルを示しながら練習します。これを「モデリング」といいます。練習でうまくできているときは、肯定的な評価を返します。これを「正のフィードバック」といいます。
練習が十分に積めたら、実際にうまく立ち回れる場面を見届けるようにします。これまでにない姿が見られたら、変化や成長を一緒に喜びましょう。
具体的なステップを踏んでいくと、たたく子・蹴る子は、実は「見込みがある子」だったのだということに気づかされます。暴力的な行為に対し、ただただ叱るだけだった指導を見つめ直してみませんか。
次回は、ゲームにはまりがちな子どもたちが期待する授業について取り上げます。
Illustration: Jin Kitamura