通常学級での特別支援教育
2020年7月2日 更新
川上 康則 東京都立矢口特別支援学校主任教諭
通常学級で特に気をつけたい特別支援教育のポイントを、新任・若手の先生方に向けて解説します。
川上康則(かわかみ・やすのり)
1974年、東京都生まれ。東京都立矢口特別支援学校主任教諭。公認心理師、臨床発達心理士、特別支援教育士スーパーバイザー。立教大学卒業、筑波大学大学院修了。肢体不自由、知的障害、自閉症、ADHDやLDなどの障害のある子に対する教育実践を積むとともに、地域の学校現場や保護者などからの「ちょっと気になる子」への相談支援にも携わる。著書に、『通常の学級の特別支援教育 ライブ講義 発達につまずきがある子どもの輝かせ方』(明治図書出版)、『こんなときどうする? ストーリーでわかる特別支援教育の実践』(学研プラス)など。
第47回 わがままを受け入れるのか、
それとも譲らないのか
今日のポイント
- 教育現場では、子どものわがままに対して「許す」か「譲らない」かという二項対立的な図式で議論になることがある。これが「あの人は甘すぎる」「あの人は厳しすぎる」といった個々の教師の指導スタイルへの言及にまで発展することもある。しかし、二項対立に陥っているうちは、関わりの糸口は見出せない。
- 折り合いのつけ方を数値化し、「ゼロか100か」の間に数直線があることを意識すると、気持ちにゆとりがもてるようになり、子どもの成長をともに喜ぶことができる。
- 「折り合い」は子どもだけがつけるものではない。その場面に対峙する教師の側にも柔軟な態度で向き合うことが求められる。
「二項対立的な図式」が陥りやすい落とし穴
職員室で、「あの先生は甘い」「あの先生は厳しすぎる」といった、個々の教師の指導スタイルが話題になることがあります。
実際の指導場面でも「このわがままを許してよいのか、それとも譲らないようにすべきか」と悩む瞬間があるかもしれません。
教師には「この子の将来のことを考えたら、今ここで受け入れるわけにはいかない」という使命感が常につきまといますから、悩むのも当然のことだと思います。
ただ、「許すか譲らないか」とか「甘くするか厳しくするか」という対極的な二項対立の図式で考えてしまうと、どうしても「ゼロか100か」という発想に陥ってしまいがちです。この考えのもとでは、許してしまえば「教師の負け」のように感じてしまうし、譲らなければ「子どもに非常に高いハードルを乗り越えさせる」という事態になってしまいます。
つまり、「2つのスタイルのどちらがよいか」という考え方そのものを見直すところから始めなければなりません。
大切にしたいのは「ゼロと100の間にはたくさんの選択肢がある」という考え方です。
「ゼロ」と「100」の間を広くとっていくと・・・
子どもの逸脱的な行動を目の前にしたとき、「許すか、譲らないか」という極端な二項対立でとらえて悩んでいるうちは、子どものほうも態度を固くします。
そこでおすすめしたいのが、「折り合いのつけ具合」の数値化です。
「すべてを許す・認める・受け入れる」という立場を「ゼロ(子どもが100)」とし、「甘えは許さない・譲らない・ダメなものはダメ」という立場を「100(子どもがゼロ)」とします。
ゼロと100の間には「1~99」の数直線があります。そのどこかで、教師と子どもの双方が「お互いに折り合いをつける」という考え方に立つようにします。
教師がその子の行動にブレーキをかけようとしたとき、子どもが「瞬間的にこちらを見てくれた」とか「少しだけ動きを止めてくれた」とか、わずかでも折り合いをつけてくれたと感じたら「99(子どもが1)」です。その瞬間に、すかさず「ありがとね」と感謝を伝えるのです。
子どもにもプライドがありますから、100をいきなりゼロにするのは難しいと思います。しかし、100のうち1だけ譲るくらいなら「まあいいか」と思ってくれるはずです。それが積み重なっていくことで、99、98、97・・・と次第に「折り合いをつけてくれる」姿につながっていきます。
長期戦にはなりますが、絶対に譲らないという「その場かぎりの直球勝負」よりも気持ちにゆとりがもてますし、子どもの成長を楽しめるようになります。
意固地になっているのは、本当は大人のほうかもしれない
ゼロと100の間のどこかで折り合いをつけるということ。これは生きていくうえでとても重要な価値になっていきます。そのため、「ここでわがままを認めていては、その子のためにならない」という考え方も、たしかに大切だと思います。筆者も時にはそうした直球勝負で挑むことはありますし、それこそが本当の教育なのだと信念をもって関わる場面はあります。
しかし、直球勝負に固執し過ぎると、その子との関係は確実に悪化します。そして時には、その子の心にトラウマ(心的外傷)を作り、後々に至るまで苦しめてしまう結果になることもあります。
「折り合い」という言葉は、そこに対峙する人どうしが相互につけていくものです。実は大人のほうが意固地になっていた、という事態にだけは陥らぬよう気をつけていきたいものです。
次回は、ルールを守ることが難しい子について取り上げます。
Illustration: Jin Kitamura