通常学級での特別支援教育
2020年8月5日 更新
川上 康則 東京都立矢口特別支援学校主任教諭
通常学級で特に気をつけたい特別支援教育のポイントを、新任・若手の先生方に向けて解説します。
川上康則(かわかみ・やすのり)
1974年、東京都生まれ。東京都立矢口特別支援学校主任教諭。公認心理師、臨床発達心理士、特別支援教育士スーパーバイザー。立教大学卒業、筑波大学大学院修了。肢体不自由、知的障害、自閉症、ADHDやLDなどの障害のある子に対する教育実践を積むとともに、地域の学校現場や保護者などからの「ちょっと気になる子」への相談支援にも携わる。著書に、『通常の学級の特別支援教育 ライブ講義 発達につまずきがある子どもの輝かせ方』(明治図書出版)、『こんなときどうする? ストーリーでわかる特別支援教育の実践』(学研プラス)など。
第48回 ルールを守ることが難しい子
今日のポイント
- ルールは、社会的存在である私たちにとって大切なものであり、学校ではさまざまな場面で「ルールを守ることの大切さ」が指導されている。
- ルールを守ることが難しい子どもの背景には、複数の要因が存在している。ルールを守れるような工夫を加え、「ルールを守れる自分」であることに自信をもってもらうようにするとよい。
- 規範意識が高い集団では、集団を守ろうとするためにルールを逸脱している者については厳しい目が向けられやすい。ソーシャル・ディスタンスの取り方に厳密なルールを設けてしまうと、距離感をつかみにくい子どもがルールからの逸脱を厳しく追及されるおそれもあるので注意が必要である。
ルールを守ることの大切さ
ルールは、社会の機能を安定させ、集団の秩序を守るためにとても大切なものです。そのため、学校では事あるごとに「ルールを守ることの大切さ」を学んでいきます。
たとえば授業では、話を聞くことや発言などを通して、一定のルールがあることによってコミュニケーションが円滑になっていくことを学びます。
体育や部活動であれば、公平かつ安全を守るためにルールがあり、守れない場合はペナルティもルールの中に定められていることを学びます。
校内で偶発的に起きるトラブルを通して、よりよい関係構築にルールが役立てられるということを学ぶ場合もあるでしょう。
もしこの世の中に何のルールも存在しないとしたら、人々はたちまち「無秩序」なふるまいを始めるかもしれません。社会的存在としての人間にとって、ルールはとても大切なものだと言えます。
ルールを守ることが難しい子どもの背景要因
では、ルールを守ることが難しい子にはどのような背景があるのでしょうか。
- 理解:そもそも、その子の理解を超えた内容のルールが設定されている
- 記憶:ルールはそのつど理解しているが、覚えておくことが難しい
- 注意:ルールから外れた状態になっていることに気づけない
- 衝動性:ルールから外れていることは理解できるが、自分の衝動をおさえることが難しい
- 未学習:ルールを守ることの大切さを学んできた経験が乏しい、あるいはルールを守っていてもプラスの評価を受けてこなかった
- 誤学習:ルールを破っても許される環境があり、それを続けてきたという誤った学習を進めてきた
- メタ認知:自分のふるまいを他者がどのように見ているか、という客観的な視点に立つことが難しい
- 固執:思い込みや一度決めた「こうでなければならない」ということに固執してしまい、柔軟に対応できない
これらの要因は単一ではなく、複数が関連し合っている場合もあります。
やみくもに叱ったり、指導したことが定着しにくいことを嘆いたりするのではなく、効果的な指導を考えていく必要があります。
ルールを守れている場面を価値づけし、「ルールを守れる自分」を意識させよう
ルールを守ることが難しい子どもたちに、ルールを身に付けてもらうためには、以下のような指導上の工夫が必要です。
- シンプルな内容にする
- 思い出しやすく「標語」にするなどの工夫を加える
- 目で見て瞬時に分かる工夫を加える
- ロールプレイを通して、うまくできることを事前に確認する
- 守れている場面を取り上げ、何度も「OK」や「グッド」のサインを示す
- ルールから外れたら一度行動をストップさせ、思い出させたり、やり直しをさせたりし、その後の行動変容まで見守り、すぐに「OK」を出す
ポイントとなるのは、「ルールを守れる自分」であることに自信をもってもらうことです。
規範意識が高くなり過ぎると、校内でも「ルール逸脱」への目が厳しくなる
今、学校内でも子どもたちの社会的距離(ソーシャル・ディスタンス)の取り方が大きな課題となっています。
いわゆる「三密」という分かりやすい標語を使いながら、社会的距離についての理解が広がることは、学校内における子どもたちの健康と感染拡大リスクの軽減において非常に大切な視点だと思います。
しかし、規範意識が高い集団では、その集団を守ろうとするために、ルールからの逸脱者を排除しようとする「オーバーサンクション=過剰な制裁機能」が生まれやすくなります。
安全や健康や秩序を守るはずのルールが、排除の道具になり替わるのです。
中野信子氏(2017)は、このような「逸脱者を見つけ出そうとする脳の思考プロセス」のことを「裏切り者検出モジュール」と呼んで警鐘を鳴らしています。
特に、ボディイメージが乏しく、普段から相手との距離感の調整が難しい子どもは、クラスメイトから「逸脱者」として標的にされたり、ルールからの逸脱を厳しく追及されたりする危険性が高まります。
ルールには「功罪」の両側面があるのだということを常に意識しつつ、学級内の子どもたちの関係性を丁寧に見ていくことが大切だと言えます。
〈参考文献〉
中野信子(2017)『ヒトは「いじめ」をやめられない』小学館
次回は、話したくても話せない子・言葉がうまく出ずに困っている子について取り上げます。
Illustration: Jin Kitamura