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通常学級での特別支援教育 特別編②

通常学級での特別支援教育

2021年3月1日 更新

川上 康則 東京都立矢口特別支援学校主任教諭

通常学級で特に気をつけたい特別支援教育のポイントを、新任・若手の先生方に向けて解説します。

川上康則(かわかみ・やすのり)

1974年、東京都生まれ。東京都立矢口特別支援学校主任教諭。公認心理師、臨床発達心理士、特別支援教育士スーパーバイザー。立教大学卒業、筑波大学大学院修了。肢体不自由、知的障害、自閉症、ADHDやLDなどの障害のある子に対する教育実践を積むとともに、地域の学校現場や保護者などからの「ちょっと気になる子」への相談支援にも携わる。著書に、『通常の学級の特別支援教育 ライブ講義 発達につまずきがある子どもの輝かせ方』(明治図書出版)、『こんなときどうする? ストーリーでわかる特別支援教育の実践』(学研プラス)など。

第52回 【特別編② 中学校 書写】
書字や書写の授業でのつまずき

書字のつまずきがある場合に見られやすい行動の特徴

中学校段階では、書字(文字を書くこと)のつまずきが顕在的に捉えづらくなっていることに留意する必要があります。小学校段階からすでに「文字が乱雑」「枠や線からはみ出しやすい」「止め・はね・払いなどの細部へのコントロールが難しい」といったつまずきを生徒自身も感じていることが多く、努力が成果に結びつかない経験を積み重ねています。どんなに頑張ってもマルがもらえない、それどころか何度も書き直しをさせられるといったことが積み重なると、次第に「努力してやり遂げる」ことに消極的になっていきます。

「教師が通るとノートを隠そうとする」「ノートに書こうとしない」といった姿は、小学校中学年ごろから見られ始めます。そして、中学校段階では、「書かなくても覚えられる」といった見栄や虚勢を張る様子や、「どうせ書いたって意味がない」と自己否定に至る場合もあります。より深刻になると、書くことへの抵抗感を悟られまいとして、他の生徒をからかったり、さらには授業そのものを妨害したりするケースも見られます。

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このように、書字のつまずきそのものが捉えにくくなることを理解する必要があります。そして、そんな生徒のやる気を引き出すためには、背景にある「辛かった過去」に思いを馳せ、「書くことは自分のマイナスと向き合わざるをえない」という気持ちに寄り添い、少しずつ伸びていこうとする生徒の気持ちを応援するような教師の関わりが必要なのです。

書写の授業で見られやすいつまずき

書写の授業で見られやすいつまずきについて、ケースごとに見てみましょう。

【ケース1】衝動性が強い

 書写では、筆や墨といった、普段扱わない道具を使います。衝動性が強く、注意事項を聞き逃してしまう生徒の場合、道具が目の前に並ぶと「早くやりたい」という気持ちが強くなり、行動の抑制が利かなくなることがあります。道具の扱いや作業が雑になりやすかったり、周囲を散らかしていることに気づけなかったりする生徒もいます。指示を簡潔にし、分かりやすくしたり、待ち時間を短くしたりする授業の工夫が必要です。

【ケース2】おしゃべりを止められない

 静かに取り組むことが苦手でおしゃべりを止められないという生徒がいる場合は、静かにできている生徒の方に注目して「ありがとう」と伝えるのがコツです。多弁な生徒の方に関わり過ぎてしまうと、集中して取り組んでいる周囲の生徒たちも気持ちをくすぶらせてしまい、不満を大きくしてしまうからです。

【ケース3】衝動的な発言をしてしまう

 生徒どうしで評価し合う場面で、相手の気持ちを考えずに思ったことをそのまま表現してしまうためにトラブルになる場合もあります。品評コメントの例示などの配慮が有効になります。

【ケース4】力加減の調節が苦手

 運動や操作面で不器用なところがある場合は、半紙を押さえられなかったり、書き終えた作品を置くような場面で他者にぶつかってしまい、トラブルになってしまったりすることがあります。お互いの肘が当たらないような机の配置にする、風の通り道に半紙を置かないようにするなど、教室空間の有効活用を考えましょう。

【ケース5】こだわりが強い、過敏

 こだわりが強く、自分のやり方やペースを崩されることが苦手な生徒の場合は、切り替えや時間内に書き終えることが難しい側面があります。また、生徒によっては、墨汁が自分の身体や衣服につくことを極端に嫌がる「触覚過敏」という特性があることも知っておくべき知識の一つです。

【ケース6】書写への苦手意識

 冒頭でも述べたような書字のつまずきがある生徒は、書写の授業にも苦手意識をもつことがあります。しかし、少ない文字数であれば集中して書けるという生徒や、行書のように速く書ける崩した文字であれば自分本来の持ち味を発揮できるという生徒も少なからずいます。書くことに自信をもってもらえるような働きかけ(ほめる・認める・励ます)が大切です。

【ケース7】指示の理解が遅い

 説明や指示の理解がゆっくりという特性がある生徒もいます。一つ一つの指示を明確に区切って伝えたり、文字や写真などの視覚情報を使って分かりやすく示したりするとよいでしょう。

  定義 つまずきの例
ADHD
注意欠如多動症
年齢あるいは発達に不釣り合いな注意力、または衝動性、多動性を特徴とする行動の障害で、社会的な活動や学業の機能に支障をきたすもの。 ・待てない、早くやりたい、ブレーキが利かない。
・道具の扱いや作業が雑になりやすい。
・周囲を散らかしていることに気づけない。
・静かに取り組むことが苦手。
DCD
発達性協調運動症
筋肉や神経、視覚・聴覚などに異常がないにも関わらず、「ボールを蹴る」「字を書く」などの日常生活における協調運動に困難を呈する障害。 ・全般的に道具の操作が不器用。
・半紙をうまく押さえられない。
・作品を置くときにぶつかる、距離感がつかみにくい。
 
ASD
自閉スペクトラム症
社会的なコミュニケーションや他者とのやりとりがうまくできない、興味や活動が偏るといった特徴をもつ。以前は、自閉症スペクトラム、アスペルガー症候群といった呼び方をされることもあった。 ・こだわりが強く、自分のやり方に固執してしまう。
・触覚過敏が強く、墨汁が身体につくことを嫌がる。
・作品を評価し合う場面でトラブルが起きやすい。


 
LD/SLD
学習障害/
限局性学習症
基本的には全般的な知的発達に遅れはないが、聞く、話す、読む、書く、計算する、または推論する能力のうち、特定のものの習得と使用に著しい困難を示すもの。 ・書くことに抵抗感が強い。
・芸術的なセンスが高いことがある。
(写真家や映像作家、画家の中にLDの要素を強くもったケースがある)
・楷書よりも行書のほうが向いているケースがある。
境界域知能 境界域知能とは、知能指数が70~85程度の場合を指す。知能指数が70以下は知的障害とされる。標準とされる知能指数は100である。 ・全般的に理解がゆっくり。
・知的好奇心が弱い。
・指示通りにはできるが、考えて行動するのは苦手。
 

長所を伸ばす

人には必ず、長所と短所があります。中学生の場合、思春期特有の「自分探し」の段階であるがゆえに、生徒自身も短所に目が向きやすくなり、自尊感情の低下に苦しむケースが多々見られます。特別支援教育においても、その生徒のつまずきの部分に注目するよりも、その子特有の強みを見出すことのほうが重要です。

学校において考えられる、つまずきへのアプローチには下図のような二つの方向性があります。

一つ目は、「つまずきのある部分を小さくする」という方向性です。これは「生徒の不得手を補う」という立場です。つまずきの背景要因を知ったうえで、その生徒の興味を惹きつけるような指導を考えたり、手立てを準備したりします。身近な例で言えば、視力につまずきがある(近視・遠視など)場合に眼鏡をかけたり、教室での座席を前の方にしたりするといった配慮が挙げられます。

また、試験などでの合理的配慮として、漢字にルビを振った問題用紙を用意したり、試験時間を延長したりすることも、不得手を補い、負担を軽減しています。このアプローチを書写の授業に当てはめれば、使いやすい道具の使用を認めたり、半紙を折って中心線を捉えやすくしたりすることなどが考えられます。

二つ目は、「つまずきのない部分を広げていく」という方向性です。換言すれば「得意を生かす」という視点で関わるということを指します。身近な例を挙げれば、自国の言葉が通じないときに、身振り手振りなどのボディランゲージを使ったり、紙に書いて伝え合ったりするといった方法が該当します。

このアプローチを書写の授業に適用すれば、行書が得意なようであればその活用を薦めたり、一つ一つの文字の細部よりもダイナミックさやチャレンジしたこと自体を認めたりすることなどが考えられます。

多様だからこそ学びは深まる

特別支援教育は、つまずきがある生徒の価値や能力を高め、自信と希望をもたらす教育です。そのつまずきは「多様性」に富むものであり、だからこそ私たち教師の指導のレパートリーが増えるのだとも言えます。

生徒たちの自信を支え、中学校生活を一層充実させるためにも、まずは一人一人の教師が「多様性があるからこそ学びは深まる」という意識に変わることから始めてみることが大切ではないでしょうか。

【参考文献】
菅野純(2009)『わが子の「やる気スイッチ」はいつ入る?』(主婦の友社)

Illustration: こずまも

『子どもの心の受け止め方』 川上康則 著

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