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子ども理解の
「そこ大事!」

川上 康則

東京都立矢口特別支援学校主任教諭

子どもたちとの距離を埋めるための大事なポイントを整理して、具体的に解説します。

誰もが「子ども時代」を通ってきたはずなのに、子どもの気持ちが見えなくなるのはなぜでしょうか。それはきっと、大人になるにつれて子どもの頃に抱いていた気持ちとの距離が生まれてしまうからだと思います。教育や子育てでは、子どもをより深く理解することが何より大切だと言われています。本連載では、子どもたちとの距離を埋めるための「そこ大事!」と思えるポイントを整理していきます。

第5回 大人による価値基準の押し付け
――プロクルステスの寝台(Procrustean bed)

2021.09.09

ギリシャ神話の一つに、「プロクルステスの寝台」という話があります。プロクルステスとは、街道に出没した山賊の名前です。プロクルステスは、疲れた旅人に「ベッドがあなたにぴったり合うようならば、その場で休める」と言って、誘います。

しかしベッドには2種類あり、体の大きな人には小さなベッドを、体の小さな人には大きなベッドを使わせます。そして、旅人が大きくてベッドからはみ出せば、はみ出した部分を切り落とし、旅人が小さければ、引っ張って引き裂いたというのです。

決して合うはずのないベッドに乗せ、人間を無理やりベッドに合わせてその命を奪うという神話は語り継がれ、一つの教訓をもたらします。「人には、自分の基準に相手を無理やり当てはめようとしてしまうところがある」……と。

画像、自分の基準に子どもを当てはめようとする大人

大人が想定する子どもの発言や行動を見つめ直す

「プロクルステスの寝台」から得られる教訓は、大人が子どもを見つめる視点を振り返るきっかけにもなります。

例えば、学校現場では授業ごとに指導案が作られます。その中に「予想される子どもの発言」という項目が設定されていることがあります。そこに、その場で教師が期待する理想的な発言が並んでいる、ということはないでしょうか。

そして、実際の授業で、教師が事前に想定したものとは異なる意見や行動が出ると、意図的に受け流したり、注意や叱責を向けたりするということはないでしょうか。

この背景には、「子どもはこう振る舞うべき」という自分の価値基準を、相手に押し付けるような「プロクルステスの寝台」的な考え方が潜んでいます。

また、人によって、「支援を要する子」の捉え方が異なるということがあります。A先生は「活発で元気な子」と捉えていた子どもを、B先生は「衝動性が高く、自己コントロールが難しい子」と捉えている、というようなことはないでしょうか。

A先生は、想定の枠が広い方かもしれませんが、一方で、「子ども自身が困っていることに関心を向けようとしない」という部分もあるかもしれません。B先生の捉え方は、その子の特性を直視しているのかもしれませんが、その一方で、子どもとの関係性のこじれをその子のせいにしてしまうような「プロクルステスの寝台」的な考え方も潜んでいる可能性があります。

いずれにしても、大人側が子どもを理解しようとするときには、知らず知らずのうちに自分の見方を過信してしまい、その基準に子どもの姿を当てはめてしまうことがあるのです。そして、相手がそれに合わせて変わることを期待しすぎる傾向もあります。

「プロクルステスの寝台」の神話は、教育関係者が陥りがちな思考プロセスに警鐘を鳴らすものだといえます。

教育をめぐるさまざまな「プロクルステスの寝台」的課題

前述のような「自分の見方に相手を当てはめようとしてしまう」ことや「合わないものは認めようとしない」ことは、学校現場だけにとどまりません。家庭内でも起きうることですし、社会でも起きうることです。

また、教育行政の立場から「子どもたちの未来のために」というようなきれいな言葉で語られる数々の事柄も、もしかしたら「プロクルステスの寝台」のように、学校現場での実際の指導や創意工夫を締め付けたり、引き裂いたりすることがあるのかもしれません。

今日の発達心理学の礎を築いたジャン・ピアジェは、「ほとんどの人にとって教育とは、子どもをその属する社会の典型的な大人に近いものに仕立て上げることを意味している」と述べ、教育に潜む「大人の都合に合わせようとする本質的な課題」を看破しています。

私たち大人には、常に、「自分の都合」「自分の基準」「自分の想定」を絶対視せず、その枠を超えてくる子どもの登場を喜んで迎え入れる姿勢が求められるといえるのではないでしょうか。

今日の「そこ大事!」

  • 人には、自分の基準を絶対視し、相手をそれに当てはめようとしてしまうところがある。
  • 「プロクルステスの寝台」の神話から得られる教訓をもとに、自分の価値基準を見つめ直すことや、相手をそれに当てはめようとしたり、相手に変わることを期待しすぎたりしていないかを確認することが大切。
  • 大人の想定する枠を超えてくる子どもの登場は、狭かった視野を広げてくれるものとして積極的に受け入れるようにしよう。

〈参考文献〉

  • キャサリン・コーリンほか 著、小須田健 訳、池田健 用語監修(2013年)『心理学大図鑑』三省堂、p.265

Illustration: 熊本奈津子

川上 康則

1974年、東京都生まれ。東京都立矢口特別支援学校主任教諭。公認心理師、臨床発達心理士、特別支援教育士スーパーバイザー。立教大学卒業、筑波大学大学院修了。肢体不自由、知的障害、自閉症、ADHDやLDなどの障害のある子に対する教育実践を積むとともに、地域の学校現場や保護者などからの「ちょっと気になる子」への相談支援にも携わる。著書に、『子どもの心の受け止め方』(光村図書)、『〈発達のつまずき〉から読み解く支援アプローチ』(学苑社)など。