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第1回 雨は心情を映し出す鏡

天気と言葉とわたしたち

2025年10月20日 更新

長谷部 愛 気象予報士

気象予報士としての知識や経験をもとに、天気や自然現象を表す言葉にうつし出される人々の感性や文化、ものの見方・考え方などを紹介していただきます。

第1回 雨は心情を映し出す鏡

「秋雨」「秋霖(しゅうりん)」「すすき梅雨(づゆ)」「秋湿り(あきじめり)」「冷雨(れいう)」は、秋の雨を表す言葉です。秋雨や秋霖は、梅雨ほど激しくはないものの、9月から10月頃に秋雨前線により、しとしとと降り続く長雨(ながあめ)を指します。すすき梅雨は、同じ長雨の時季ですが、すすきが黄金色に染まる頃の雨を意味し、秋の風情を感じさせます。秋湿りはジメっとした長雨を、冷雨は気温が下がってきた晩秋の頃の冷たさも伴った雨で、どこか寂しさやもの思いにふける情緒を誘います。

他の季節にも同じように雨の言葉があり、花曇りの空から落ちてくる優しい春雨、激しく打ち付けるような夏の夕立、凍えるような冷たい冬の雨とさまざまです。また、小雨から激しい雨まで、雨の降り方や量を表す言葉も豊富です。「篠突く雨(しのつくあめ)」は細い竹が突き刺さるように降る激しい雨を、「小糠雨(こぬかあめ)」は細かい糠のような小雨を指します。

「甘雨(かんう)」や「干天の慈雨(かんてんのじう)」は、恵みの雨を意味し、感情に強く紐づいています。干天の慈雨は日照りのときの恵みの雨を表すため、そこから転じて困ったときの救いの手にたとえて使われます。その他にも「涙雨(なみだあめ)」は悲しみの涙が化して降る雨という意味をもっています。ふだん私が気象予報士として言葉を紡ぐときもそのような背景を意識しています。

雨に関する言葉は、古くから和歌や俳句の中で、季節や人の情感を巧みに表現するために用いられてきました。現代においても、雨のイメージは、小説や絵画、ドラマ、映画、漫画など、多様な表現の形の中で豊かに使われ、表現の世界に彩りを加えています。雨が降りやすく、諸外国に比べて雨の降り方が多様な日本では、雨は、人々の心情を映し出す鏡のような存在だと感じます。悲しみや切なさを表すものもあれば、浄化や希望、再生を象徴するものとしても捉えられています。

それは、季節や人生のさまざまな場面で降る雨が、人それぞれの感情や思いと深く結び付いているからでしょう。そして、雨にまつわる表現を使うことで、私たちは季節の移ろいや自然の営みをより深く感じ取り、心情をつぶさに伝え合うことができているのではないでしょうか。心の奥底にある情緒や文化を言葉が育んできたともいえそうです。

ともすれば命の危険を伴う雨でありながら、私たちは古くから季節ごとにその空を見つめ、そこに紐づく自分の思いをのせてきました。雨を表すあまたの言葉の中に、自然の厳しさと美しさ両方を受け入れる、そんな日本の人々のたくましさと、自然と共存して生きていくという自然観を強く感じるのです。

タイトル画像: K@zuTa / PIXTA(ピクスタ)

長谷部 愛(はせべ・あい)

気象予報士

気象予報士、東京造形大学非常勤講師。1981年神奈川県生まれ。信州大学教育学部卒業。テレビ・ラジオ局員として、番組制作・キャスター・リポーターを経験後、2012年に気象予報士資格を取得。翌年からTBSラジオ、Yahoo!天気・災害動画などに出演。2018年から東京造形大学で教鞭を執る。著書に、『天気でよみとく名画』(中央公論新社)など。

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