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わたしたちと言葉③――光村図書の編集長が語る 教科書づくりと言葉

教育情報誌「とことば」

2025年5月9日 更新

教室の中と外の世界をつなぐ今日的なテーマを「言葉」を切り口に追いかける教育情報誌「とことば」。
言葉のもつさまざまな側面を切り取りながら、子どもたちに言葉のもつ可能性や豊かな世界に出会わせる方法を考えていきましょう。

子どもたちは、これからたくさんの言葉に出会い、ともに生きていきます。
みんながよりよく生きていけるように、言葉を見つめて、とことこ歩きながら、言葉っていいな、おもしろいな、いろいろな可能性をもっているな。
そんなことを感じてもらえることを目ざします。

光村図書の編集長が語る 教科書づくりと言葉

光村図書の教科書の編集長が、教科書づくりで大切にしている言葉や子どもとの向き合い方について語ります。

教科書の表紙画像

国語と言葉/世界を広げ、世界とつながる。言葉は、生きる力そのもの。

言葉の力は、言語生活全体を通して育まれていくものです。その一方で、学習を通して獲得する言葉も確かにあります。

まるで自分のことを語っているかのような詩歌や物語に出会うとき、ふと、「この世界のどこかには、私が今、誰にも言えずに抱えている思いを共有できる人がいるのかもしれない」と思い至る瞬間があります。世界の広さや可能性に気づかせ、勇気づけてくれるのは、言葉です。また、幾通りも解釈ができる懐の深い作品や、「こうも考えられるんじゃないか」と自分なりに反論を考える余白のある文章からは、対話が生まれます。こうした対話を通して、自分の考えや気持ちを伝え、相手が伝えようとしていることを正しく理解する、確かで豊かな言葉の力が育まれていきます。

言葉を交わす中で自分自身を確立し、相手との関わりの中で自分を、あるいは友達のことを発見する。言葉には、自分の世界を広げ、世界と自分をつなぐ力があります。言葉には意味を伝える以上の力がある。そんな実感を積み重ね、言葉への信頼感、言葉の使い手としての責任感を育んでほしいと願います。

書写と言葉/自分らしい字で、思いを伝えてほしい。

すうっときて、「ぴたっ」。

「とめ・はね・はらい」など、文字を整えて「書く感覚」を、言葉で取り込むこと。それが文字を書くことの始まりです。文字を書き、文字に向き合うために、必要な言葉はほんのわずか。余分な言葉は、むしろ書くことへの集中を削いでしまいます。

気合いが入った文字。しょんぼりした小さな字。温かみのある字。文字は書き手の心とつながっているように感じます。整った字を書けるようになることが書写の目的ですが、文字はあくまで、思いや考えを人に伝えるためのツールにすぎません。自分らしい字で、自分らしく思いを伝えられればいい。自分の字を好きになってくれれば、もっといい。そうして子どもたちが、より生きやすくなっていけばいいと思っています。

人が生きることと書くことは、決して切り離せないものです。私たちが生きるこの時代に、文字を通して歴史や物語が、言葉が、受け継がれてきたこと。その裏にたくさんの書き手がいたこと。とてもおもしろくて、すてきなことだと思います。

美術と言葉/さらに世界を深めるもの。

ある中学校の授業を取材したときのことです。「思い出の風景を描く」という授業で、学校や家の周りの風景を描く生徒が多い中、その生徒は、熱心にこたつの絵を描いていました。つたない描き方で、画面一面をオレンジ色に塗っている。「どうしてこたつを描いているの」と尋ねてみました。「亡くなった大好きなおばあちゃんと、よく居間のこたつで過ごしていた。その温かい思い出を表現したくて……」と教えてくれました。それを聞いたとたん、胸が熱くなり、その絵がとても愛おしく感じられました。

生徒たちから、作品に込めた思いや考えを聞くと、その作品がどんどん魅力的に見えてくる。パッと見ただけではわからない作品のよさを、言葉が連れてきてくれるのです。

鑑賞の授業でも、言葉の大切さを実感します。作品を観て、「きれい」「楽しそう」と発言していた生徒が、先生が「構図」という言葉を示したとたん、作品を分析するように鑑賞し始め、授業が盛り上がる。鑑賞を一歩先へと深めてくれるのも言葉です。

美術では、言葉を使わずに、絵を描いて自分の思いを表現したり、違う言語を話す海外の作家の作品に心を震わせたりすることができます。それが美術のよさですが、言葉があると、さらにその先まで行ける。言葉によって、美術の世界が深められるんです。

英語と言葉/言葉と心が離れないように。

I've never seen such a beautiful sunset.(こんなにきれいな夕日、見たことないよ)

例えばこの言葉が、旅先で思わぬトラブルがあって、一件落着した後に、ふとこぼれたひと言だとしたら、言葉から受け取る感じ方は変わってきませんか。気持ちが表れた言葉は、心に残ります。話し手の思いが腑に落ちると、一気に言葉そのものまで好きになってしまうということがあるのだと思います。

I like your name.(あなたの名前が好きです/いい名前ですね)

自己紹介のシーンを描くなら、“My name is ....”とお互いの名前を伝え合うだけでもいいでしょう。でも、必須でない言葉だからこそ、“I like your name.”と言った子の優しさが心に残る。その子らしさが浮かび上がってくる。私たちは、そんな言葉を大切にしたいと思っています。

正しい言葉の使い方を学び、正確にメッセージを伝える。そうして円滑に社会生活を営んでいくためのツールを身につけることも、もちろん言葉を学ぶことの大きな意義です。一方で、言葉に触れることそのものが与えてくれる喜びや楽しさ、悲しさ、さまざまな感情も、同じくらい重要なものではないでしょうか。

言葉には、人を動かす力があります。

言葉に、間違えずに正しく伝える、ということ以上の想いを込めてみる。子どもたちに手渡す言葉と心とを離さないようにする。教科書のつくり手としてのそんな願いが、子どもたちにとって、何か大きな意味をもたらすこともあるのではないか。そう信じています。

生活と言葉/体験の、その先に。

自分で決め、自分なりにやってみる。体験をして、心が動く。その後に、言葉が続く。これらを繰り返し、毎日、新しい自分に、新しい気持ちに出会うのが、生活科の学びであると考えています。

ただ、体験とは難しいことだとも感じています。例えば、泥だんごづくり。低学年の子どもたちは、自分なりの理想をもって、さっさと泥だんごをつくり始めます。それが、大学の授業になると、学生は泥にさわる前に、まずつくり方のこつを尋ねるのだそうです。年齢を重ねるにつれ、失敗が許されなくなってしまうからかもしれません。

でも本当は、体験しながら更新される理想に向かって、立ち止まったり、失敗したり、友達と学び合ったりしながら、自己決定や意思選択を続けていく。そしてそこで見つけた自分の解に、納得することが大切なのではないでしょうか。だからこそ、感じたことや考えたことが言葉となって湧き出てくるのではないでしょうか。時には、予想とかけ離れた現実に出くわし、落ち込むことがあるかもしれません。でも、その機会を奪わないことが、自分自身を体得することにつながるのではないかと思うのです。

生活科には、世の中をおもしろがる、体験の入口がたくさんあります。体験から経験を重ね、子どもたちがさらに心を耕し、自分の言葉を紡げる人になってくれるよう、その入口を今日も模索したいと思います。

道徳と言葉/言葉になる前の、一人一人の頭の中にこそ。

「これからの時代、多様な他者とわかり合うことが大切です」。そうは言っても、どれだけ話し合ってもわかり合えない人もきっといます。でも、話し合うことをやめてしまったら、争いはなくならない。だから私たちは対話を続けていかなくてはいけないし、子どもたちにも、対話することを諦めずにいてほしい。そう願っています。

例えば小学校で扱う「親切」というテーマ。自分にとっての親切と、友達にとっての親切は違うということ。親切にするには勇気がいること。気持ちがささくれているときは、親切にできないときもあること。子どもたちは対話を通して他者を、そして自分を理解していきます。

自分が問われるからこそ、言葉に詰まってしまう場面もあるでしょう。決してすっきりとした答えが見つかるわけではない。でも、子どもたちの頭の中では、たくさんの考えが動いています。そうした「言葉にならない言葉」まで、丸ごと大切にしてあげたい。

子どもたちは、教室の中での人間関係をとてもよくわかっていて、授業の中で先生が欲しい言葉も知っています。その中で本心をさらけ出すのは、とても難しい。大人も子どももいっしょになって、本気で悩み、意見を交わす。ぽろりと出てきた本音が、教室の空気を変える。そんな授業を思い描いて、そこにあるだけで、思わず話してしまいたくなるような対話の「種」を探し続けています。

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