みつむら web magazine

Story 1 解剖すれば絵が変わる!?

布施 英利(芸術学者・批評家)

2015年1月1日 更新

布施 英利 芸術学者・批評家

このコーナーでは、教科書教材の作者や筆者をゲストに迎え、お話を伺います。教材にまつわるお話や日頃から感じておられることなどを、先生方や子どもたちへのメッセージとして、語っていただきます。

ご専門は「美術解剖学」という分野ですが、どのような学問でしょうか。

簡単にいえば、人体を形づくっている骨と筋肉の仕組みを学ぶ学問です。医学部と違って、模型を使って勉強していきます。
内容は、医学部でやっている解剖学とほぼ同じなのですが、医学部の場合は、最終的な目的が医療ですが、僕のやっている美術解剖学は、絵を描いたり彫刻をつくったりするための基礎となるものなんです。

解剖学的な知識が、美術の基礎になるのですか。

人体を描くときに、実際にモデルの外形を観察してデッサンしますが、それだけだと本当に生き生きとした躍動感のある表現をすることが難しいんです。皮膚の下の筋肉や骨がどうなっているのか知ることによって、より深く人体を捉えることができ、表現に生かすことができます。僕の研究室は、骸骨がぶら下がっていたりしていまして、理科室みたいな感じなんですよ。この骨に、こういうふうに筋肉がついて、皮膚がついて体になっていく、ということを目をつぶっていてもイメージできるようになるというのが最終的な目的です。

布施 英利(芸術学者・批評家)

美術解剖学の歴史は長いとうかがいました。

東京藝術大学の前身である東京美術学校は、ヨーロッパの美術アカデミーと同じような学校を日本に作ろうと、明治時代に岡倉天心らによって創立されました。
その模範となったヨーロッパの美術アカデミーでは、解剖学というのはほぼ必修だったので、それにならって東京美術学校でも創立時から、すでに美術解剖学(当時の名称は藝用解剖学)の講義がありまして、森鴎外が明治22(1889)年に最初の授業をしたという記録が残っています。

鴎外が、藝大で教鞭を執っていたんですか。

鴎外がドイツの留学から帰ってきた、30歳代の前半ぐらいです。当時はすでに、文学者としても名を成していましたから、岡倉天心は、ただの医者ではなくて、芸術や美学がわかっている人間として一番の適任だと考えたのでしょう。
それ以来ですから、僕の研究室は小さいんですが、100年以上ずっと続いている最も古い研究室なんです。

外国では、美術解剖学はいつごろから始まったのですか。

解剖学の始まりは、僕は古代エジプトだと思っているんです。まあ、解剖学というよりは、ミイラ作りのための技術ですね。ミイラを作る段階で、いろいろな臓器を取り出すから、臓器の位置なんかが全部わかっていたはずなんです。エジプトの彫刻は、胸からおへそにかけてや、肩からひじにかけてをよく見てみると、ぎこちない感じはありますが、明らかに人体の仕組みを理解して作られている。それは僕は解剖をしたからじゃないかと思っています。

先ほどお話のあった、人体の仕組みに関する知識が、表現の豊かさにつながるということですね。

そうです。エジプトで生まれた人体に関する知識は古代ギリシャに引き継がれ、その後しばらく絶えていたのですが、14世紀から始まるルネサンスの時代、「ギリシャに返れ」という合言葉のもとに解剖学として復活するわけです。
ルネサンスの時代は、芸術と科学を別々のものとは考えませんでした。絵画も科学の一種で、つまり人体を描くときには、科学的に人体をよく知ったうえで正しく描かなければならないという伝統がずっとありました。それを徹底してやったのが、「最後の晩餐」や「モナ・リザ」で有名なレオナルド・ダ・ヴィンチなんです。

布施 英利(芸術学者・批評家)

解剖学を学べば、絵がうまくなるのでしょうか。

それは、やっぱり長い目で見ていかなければ、検証できないのではないでしょうか。長い目っていうのは20年、30年というレベルですよ。つまり、自分の内部の世界を究めていく中で、多分見えてくるものでしょうから。また別の問題として、科学的に正確に描いたから、それが人を感動させるかっていうと、そうではない。芸術というのはそういう難しいところがありますね。よく誤解されますが、人体を写真のようにリアルに描くための技術ではないのです。

ただ、以前、NHKのテレビ番組「課外授業 ようこそ先輩」で、小学生を対象に授業をしたことがあります。そのときは、魚の絵を描くために、解剖させてみたんです。すると、2日間で子どもたちの絵が全然変わりましたね。

物を見つめる目が変わってくるということですか。

そうですね。まず、絵の描き方を一切教えないで、最初に魚の絵を1枚描いてもらいました。その後、みんなで釣りに行って、釣った魚を解剖してみました。その後また、水槽で泳いでいる生きている魚をもう一度見せて、それから魚を見ないで描かせました。
そうしたら、最初に描いた絵は図鑑のように横から見ただけの魚を描いてたのに、解剖した後では、最初と全然違って、魚が動いていたり、周りにある水の環境などもいろいろ描くようになったんですよ。

人体に限らず、そういう生き物も、やはり体の中の仕組みがわかれば、生き生きと描けるのですね。

それには、おもしろい例がありますよ。原始時代のラスコーやアルタミラの洞窟壁画を見ると、人間の姿は、ほとんど幼稚園児が描いたぐらい下手くそなのに、牛やシカといった動物の絵はすごく躍動感があります。
どうしてかというと、動物を解体して、どこの肉を食べるとおいしいとか、どこに内臓があるとか全部わかっていたんです。つまり、手前みそなんですけど、解剖していたからうまく描けたといってもいいのだと思います。

布施 英利 [ふせ・ひでと]

芸術学者・批評家。1960年、群馬県生まれ。東京藝術大学大学院修了後、東京大学医学部助手などを経て、現在、東京藝術大学准教授。主な著書に、『君はレオナルド・ダ・ヴィンチを知っているか』『君はピカソを知っているか』『京都美術鑑賞入門』『絵筆のいらない絵画教室』『「モナリザ」の微笑み』など。

関連記事/授業リポート

中学校 国語2年 単元「評論を読む」
布施英利先生 × 宗我部義則先生 × 2年生の生徒 30名

関連記事

記事を探す

カテゴリ別

学校区分

教科別

対象

特集