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第3回 木村全彦

アートが生まれるとき

2024年11月11日 更新

保坂健二朗 滋賀県立美術館ディレクター(館長)

このコーナーでは、毎回アール・ブリュット(※)の作家を一人取り上げ、滋賀県立美術館ディレクター(館長)の保坂健二朗先生にご紹介いただきます。

※アールブリュットとは、「生(なま)の芸術」を意味するフランス語で、評価や流行とは関係なく、「つくりたい」という衝動から制作された独自の表現を指します。

楔(くさび)形が生み出すイメージ

木村全彦の作品の特徴。それは、風景、人物、車、建物、何を描いても、画面のほとんどを小さな形が覆っている点にあります。その形は、三角形、四角形、木や山のような形、幾何学的としか言えない形などさまざまにありますが、なかでも楔形がいちばん多いように思えます。ですので、とりあえずここでは、それらの形を総称して「楔形」と呼ぶことにしましょう。

楔形が、その絵に描かれているメインのモチーフとは別の法則により画面のほぼ全体を覆った結果どうなっているか。ひとつは、画面全体が埋め尽くされていることで、独特の静けさが訪れています。一方、形の一つ一つに向きが感じられることや、形と形の間に生まれる空間の粗密がさまざまであることから、うねりのような動きも生じています。この、静謐さと動勢とが共存しているという点に、木村の作品の最大の特徴があります。

もうひとつ見逃してならないのは、楔形から強い筆圧を感じられることです。木村が用いているのは普通の色鉛筆ですが、作品を見ると、木版画の版面のようにも思えてきます。つまり彼の平面作品からは、レリーフ的な立体感や、視覚的なイメージを超えようとする触覚性が感じられるのです。

「駆馬神事(かけうましんじ) 」を捉える

《駆馬神事》(❶)を見てみましょう。描かれているのは、京都の藤森(ふじのもり)神社で年に一度行われている行事の中で披露される技のひとつ。そこで馬の乗り手は、敵から飛んでくる矢から身を防ぐべく、自分の頭を馬の頭の横に、身体はほぼ水平にと、すごく低い態勢で駆け抜けます。アマチュアカメラマンにも人気のこの情景を木村はどのように描いているか。

まず気づくのが大胆なトリミングでしょう。画面右手に馬の顔があり、そこから少し左にいったところに人の顔が見えますが、馬の体はほとんど見えません。また、馬具が強烈な赤で塗られていて、画面を大胆に区画する抽象絵画における線のようにも見えるのもおもしろいです。さらに、馬の頭部が青く描かれることで、まるで風に溶け込んでいるかのようにも感じられるでしょう(画面左側に比べて、馬の頭部における楔の密度が著しく低いのもポイントです)。そうした中で、乗り手の鋭いまなざしをきちんと捉えることによって、この絵はぐっと引き締まったものとなっています。

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❶駆馬神事
色鉛筆、パネル/91×117cm/2013年
この技は、手綱よりも下で両手を広げる「手綱潜り(たづなくぐり)」と呼ばれるもの。本来右脚も高くあげるがここでは大胆にトリミングされ、人馬一体感が見事に表現されている。乗り手は赤シャツの上に鎖帷子(くさりかたびら)を模した衣装を着るが、その部分は楔なしで克明に描いている。

色鉛筆を使いこなして

作者の木村は1984年生まれ。京都市ふしみ学園で制作をしています。18歳以上を対象とした生活介護施設である同学園は、2008年に、主に軽作業に取り組むことが難しい人のために、療育目的での創作活動の場として「アトリエやっほぅ‼」をスタートさせました。最初は学園で陶芸をしていた木村も、アトリエができるとそれに参加し、本格的に絵を描き始めます。もともと、陶芸でも下絵を描いていた木村にとっては、平面作品のほうが相性がよかったのかもしれません。やがて彼は、平日は毎日6 時間描くほど集中するようになりました。

実は初期の作品に楔形はありませんでした。しかし、影を表現する部分に現れたあと、それが画面全体に増殖するようになったといいます。モチーフは、家族と出かけたときに撮影された写真や、インターネットで検索したイメージの中から、スタッフと相談して決めるそうです。

使う画材は、150色もある色鉛筆。そのうちの数本を左手に持ちながら、右手にとった一本=一色で塗り込んでいきます。写真など何も見ずに描くときもありますが、その際は、《好きな食べ物》(❷)のように楔形が用いられません。またミレーの名作をモチーフに描かれた2020年の《種を撒く人》(❸)に見られるように、近作では、楔形が以前よりも大きくなっているのも特徴です。

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❷好きな食べ物
色鉛筆、紙/27×38.1cm/2017年
写真を見ず記憶だけで描く際には、楔がなくなるだけでなく、形も背景もシンプルになることも興味深い。果物×2、野菜×2、寿司×2という組み合わせもユニークだ。

 

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❸種を撒く人
色鉛筆、紙/40.8×34.5cm/2020年
ミレーの《種を撒く人》とすぐにわかるのに、トリミングにより新しい魅力がきちんと生まれているのは見事。その他ゴッホの自画像や写楽の浮世絵などもモチーフに。

 

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ここで木村が取り組んでいるのはいわゆるロンドンタクシー。参照している写真からもわかるように、本来は黒一色だ。でも木村はそれを、落ち着いた色調でカラフルに描く。楔の形状が木に似ていることもあって、森林のような風景が生み出されている。また、最終的には画面全部を塗りつぶすのが木村の制作の特徴であるが、途中では結構余白がとられていることもわかる。車の下の影が黒でベタ塗りになっているあたりも見逃せない。
(画像提供:art space co-jin「アートと障害のアーカイブ・京都」)

木村全彦(きむら・まさひこ)

1984年京都府生まれ。

保坂 健二朗(ほさか・けんじろう)

滋賀県立美術館ディレクター(館長)

1976年茨城県生まれ。慶應義塾大学大学院修士課程修了。東京国立近代美術館主任研究員を経て現職。著書に『アール・ブリュット アート日本』(監修、平凡社)など。滋賀県立美術館では「人間の才能 生みだすことと生きること」展(2022年)を企画。

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