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第2回 澤田真一

アートが生まれるとき

2024年5月13日 更新

保坂健二朗 滋賀県立美術館ディレクター(館長)

このコーナーでは、毎回アール・ブリュット(※)の作家を一人取り上げ、滋賀県立美術館ディレクター(館長)の保坂健二朗先生にご紹介いただきます。

※アールブリュットとは、「生(なま)の芸術」を意味するフランス語で、評価や流行とは関係なく、「つくりたい」という衝動から制作された独自の表現を指します。

陶土に命を吹き込む

澤田真一は、陶土を用いて、生き物としかいいようのないものをつくります。それが立体作品、つまり人工物であるのは間違いないのですが、その表情ゆえか、それともわずかな動きがそう思わせるのか、そこからは非常に強い生命性が感じられます。表面には、とげのような突起がたくさんあったり、線刻が施されていたりします。また「顔」が複数あったりもします。そうした過剰ともいえる装飾性や異形性は、その生き物が人間や動物を超えた世界に生きる、神や精霊といった存在である可能性をも感じさせます。神といっても邪神かもしれませんが、人間に何かするといっても、きっといたずら程度のことでしょう。

澤田は1982年生まれ。2000年に滋賀県立草津養護学校を卒業した後、「栗東(りっとう)なかよし作業所」の一員になりました(彼には自閉症と知的障害があります)。作業所では当初、自動車部品を組み立てたり、刺し子をつくったりしていました。その刺し子の糸目の細かいことに気づいたスタッフが澤田に陶芸活動への参加を促したのは2001年のことで、そこから彼の創作活動が始まりました。

制作中はほとんど口をきかず、大きな作品でも4、5日で仕上がるというスピード。そうやって生み出された作品は、2010年にパリで開催された「アール・ブリュット・ジャポネ」展で大きな評判を呼び、2013年にはヴェネツィア・ビエンナーレという世界最大の国際美術展に出品されました。その後も世界各地で紹介され、今では「アール・ブリュットの作家です」と言う必要もないほどにその評価は確かなものとなっています。

 

2007年制作作品の写真

【無題】25×25cm/2007年/滋賀県立美術館蔵
ほぼ円形のお面。シンメトリーへのこだわりが見てとれます。対称性が少し崩れているのは焼き物ゆえか意図的なのか。

2000年制作作品の写真

【無題】高さ5cm/2000年
自宅ではボール紙などでバスや車などのいわば模型をつくっています。後方確認ミラーなど観察力が見事です。

欠かせない協力者の存在

そんな澤田の作品は彼自身の想像力から生まれたものではありますが、その背後に制作を支える協力者と場所の力があることを見逃してはなりません。
福祉施設でつくられる陶芸作品を焼くのは基本的に支援員たちです。澤田の場合、作業所に池谷正晴という陶芸の制作支援の大ベテランがいたことが大きかったと言えます。池谷は、滋賀県内にあった落穂寮という福祉施設で長く働いていた人物で、同施設が粘土造形を始める際には中心的役割を果たしました。その池谷がなかよし作業所で制作支援を行うようになったのは2001年、澤田が陶芸を始めたのと同じ年のこと。作陶に関して指導はせず見守るべきだという確信に満ちあふれたベテランがいたからこそ、澤田独自の表現が開花したのだとも考えられます。

滋賀という地

陶芸では、素材となる陶土の用意も重要です。その点、澤田が制作する栗東市から車で30分ほど行ったところには信楽という窯業地があります。この信楽エリアを中心に、昔から滋賀県内では陶土を他府県よりも安く買えました。のびのびと作品をつくるためには、材料を手軽に入手できることが重要であるのは言うまでもありません。
また信楽は、狸や火鉢のような大きなものをつくることで知られています。つまり信楽エリアには、大きなサイズをつくる技術と経験をもった人たちが多くいて、彼らがいろんな形で手助けしてくれるのでした(特に焼成では協働作業が重要です)。
信楽では花瓶や傘立てなど中くらいのサイズのものをつくるのに便利な「たたら」と呼ばれる板状の粘土を使うことも普通です。そんな信楽に近いエリアの福祉施設のアトリエでは、たたらをベースにして制作することがあります。その結果、滋賀県の福祉の現場からは、サイズとしてより大きいだけでなく、造形力が、全体の形においてだけでなく表面の装飾においても大きく発揮されている、そんな作品が数多く生まれるようになったのでした。こうした環境が素地となって、澤田の想像力が存分に羽ばたくことができたと考えられます。

 

制作中の澤田

制作中の澤田。
(画像提供:社会福祉法人なかよし福祉会)
澤田が活動する滋賀県南部は、冬には粘土が凍るほど寒い場所。それゆえ制作は冬以外に行われます。これを見ると、顔は下からつくっていき、顔の輪郭をつくった後で、細いラインを施し、その上で突起を付けていくのだとわかります。黙々とつくりますが、モチーフなど、同じ作陶所で制作する他の人の影響を澤田が受けることもあるようです。もちろん、最終的にできあがるのは、これぞ澤田真一と思える作品なのですが。

2008年制作作品の写真

【無題】高さ53.5cm/2008年/滋賀県立美術館蔵
トーテムポールが神話や伝承などの物語を表すことが多いのに対して、澤田の作品はリズムに基づく造形に重きが置かれています。反対側にも同様に顔があるのがポイントです。

澤田 真一(さわだ・しんいち)

1982年滋賀県生まれ。

保坂 健二朗(ほさか・けんじろう)

滋賀県立美術館ディレクター(館長)

1976年茨城県生まれ。慶應義塾大学大学院修士課程修了。東京国立近代美術館主任研究員を経て現職。著書に『アール・ブリュット アート日本』(監修、平凡社)など。滋賀県立美術館では「人間の才能 生みだすことと生きること」展(2022年)を企画。

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