通常学級での特別支援教育
2017年3月9日 更新
川上 康則 東京都立矢口特別支援学校主任教諭
通常学級で特に気をつけたい特別支援教育のポイントを、新任・若手の先生方に向けて解説します。
川上康則(かわかみ・やすのり)
1974年、東京都生まれ。東京都立矢口特別支援学校主任教諭。公認心理師、臨床発達心理士、特別支援教育士スーパーバイザー。立教大学卒業、筑波大学大学院修了。肢体不自由、知的障害、自閉症、ADHDやLDなどの障害のある子に対する教育実践を積むとともに、地域の学校現場や保護者などからの「ちょっと気になる子」への相談支援にも携わる。著書に、『通常の学級の特別支援教育 ライブ講義 発達につまずきがある子どもの輝かせ方』(明治図書出版)、『こんなときどうする? ストーリーでわかる特別支援教育の実践』(学研プラス)など。
第11回 落ち着きがない子
今日のポイント
- 「落ち着きがない」といわれる子どもの状態を、三つの切り口から整理すると理解しやすくなる。
- 「どうすれば落ち着くのか」と子どもを変えようとするよりも、まずは、つまずきの背景を捉える。
- 子どもの気持ちと行動を分けて考え、気持ちに寄り添うことで、行動のブレーキを育てる。
今回は、落ち着きがない子の理解と支援について考えます。ただ、「落ち着きがない」といわれる姿はひと言では言い表せないほどさまざまな様子を見せます。また、「落ち着きがない子」と聞くと、受け手によって異なるイメージをもたれることもあります。そこで、「落ち着きのなさ」を具体的に三つの角度から整理してみます。
「落ち着きがない」といわれる様子の大まかな分け方
(A)気が散りやすく、集中が長く続かない。
(B)じっとしていられない。体のどこかが絶えず動いてしまう。おしゃべりが止まらないことも。
(C)自分を抑えられず、突発的に行動してしまう。
専門的な言葉では、(A)は「不注意」、(B)は「多動」、(C)は「衝動」とよばれる状態です。子どもによってはこのうちの一つだけでなく、複数の姿を見せることもあります。
よく「どうすれば落ち着いた子になりますか?」と尋ねられるのですが、すぐに効く特効薬的な手立てはありません。まず、子どもを理解することが大切です。そのためには、つまずきの背景を知ることです。
落ち着きのなさの背後には
落ち着きがない様子には、以下の三つのような背景要因があるといわれています。
(1)セルフコントロールのつまずき
セルフコントロールとは、自分を律することです。落ち着きがない子の多くが、自分への語りかけ(内言語)が乏しかったり、メタ認知(他者目線で自分を見ること)が難しかったりするために、セルフコントロールの難しさが表面化してしまいます。結果的に、注意力はあっても持続しにくかったり、相手と歩調を合わせて行動することや集団のルールに折り合いをつけることが難しかったりします。
(2)報酬系のつまずき
人の脳内には、「報酬系」とよばれる神経回路があります。これは、欲求が満たされたときや、満たされる(手に入る)とわかったときに活性化し、快の感覚をもたらすもので、心の動きや行動の動機づけの基本となります。「ドーパミン」という快楽の追求ややる気を起こさせる神経伝達物質の放出に大きな役割を果たしているのですが、落ち着きのなさを見せる子の多くは、この回路につまずきがあると考えられています。そのため、諦めるのが早く、粘り強く取り組んでみようとする気持ちが弱かったりします。一方で、新しい刺激にすぐに飛びついたり、楽なことに流されやすかったりする姿も見られます。
(3)手順や段取りのつまずき
やることはわかっていても、どこから始めるのかがわからないため、活動の導入でつまずく子も多くいます。例えば、スムーズに始められなかったり、別のことに気持ちを奪われてしまって、気持ちを切り替えられなかったりします。また、まるでいいことを思い出してしまったかのように、突発的に別の方向に動いてしまうことがあります。
このようなつまずきの背景が潜在していることを知っておけば、指導は変わると思います。少なくとも「どうしてそんなことするの」と詰問することは無意味だとわかりますし、「いったい何度言ったらわかるの!」とか「いいかげんにしなさい!」という抽象的な言い方で叱ることは、全く効果がないと気づくこともできるはずです。
落ち着きのない子たちの心の声に耳を傾けてみましょう。きっとこんな本音を抱いているはずです。
- わかってはいるのだけれど、つい体が反応してしまう。
- どうして自分ばかり叱られてしまうんだろう。
- どうせ、自分はダメなできそこないだ。
どのように指導・支援していくか
背景と本音が理解できたところで、指導・支援の具体策を整理します。
●落ち着いて過ごせている場面にこそ目を向けてみましょう。
落ち着きがない場面は目立ちますが、それだけを取り上げても行動は変わりません。むしろ、落ち着いている場面にこそ着目し、どのような条件がそろうと落ち着いて行動できるのかを丁寧に観察するようにします。そこから、その子が落ち着くために必要な条件がヒントとして見えてきます。
●保護者の不安を和らげ、信頼される関係を築きましょう。
保護者が不安を感じたままだと、それが子どもにも伝わります。「学校で〇〇なことを起こしました。家でよく言い聞かせてください」といった電話は、無意識のうちに保護者を追い詰めてしまっていることがあります。相手にけがをさせたなど、事実は伝える必要がありますが、それをその家庭の育て方のせいにしてはいけません。
●子どもの気持ちと行動を分けて考え、気持ちに寄り添いつつ、行動のブレーキを育てましょう。
「気持ちは理解できるよ。でも、この行動は許されないんだ」とか「つい、いいこと考えた!っていう気持ちになるんだよね。それはわかる。ただ、この行動ではその気持ちは伝わらないよ」というような言い方で、気持ちに共感しつつ叱るという関わりを心がけましょう。子どもが「自分を変えたい」と思うときの最も重要なファクターは「先生への憧れ」です。
次回は、「特別支援教育の専門家」について取り上げます。
Illustration: Jin Kitamura