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通常学級での特別支援教育 第21回

通常学級での特別支援教育

2018年1月22日 更新

川上 康則 東京都立矢口特別支援学校主任教諭

通常学級で特に気をつけたい特別支援教育のポイントを、新任・若手の先生方に向けて解説します。

川上康則(かわかみ・やすのり)

1974年、東京都生まれ。東京都立矢口特別支援学校主任教諭。公認心理師、臨床発達心理士、特別支援教育士スーパーバイザー。立教大学卒業、筑波大学大学院修了。肢体不自由、知的障害、自閉症、ADHDやLDなどの障害のある子に対する教育実践を積むとともに、地域の学校現場や保護者などからの「ちょっと気になる子」への相談支援にも携わる。著書に、『通常の学級の特別支援教育 ライブ講義 発達につまずきがある子どもの輝かせ方』(明治図書出版)、『こんなときどうする? ストーリーでわかる特別支援教育の実践』(学研プラス)など。

第21回 学級目標を飾りものにしない

今日のポイント

  • 大人の顔色をうかがって行動することは、決して悪いことではない。人間の発達に組み込まれた「社会的参照(social referencing)」がその出発点である。
  • その一方で、いつまでも大人の顔色を気にすることにより、「依存的な態度」や「自分で考えて行動することができない」という状態に陥ってしまうことも少なくない。そうならないために、大人の心の中にある「褒める」「認める」の基準を可視化することが大切である。
  • 可視化の第一歩は、学級目標を使いこなすことから始められる。

初めは、どの子も「大人の顔色をうかがう」もの

どの子どもの心の中にも、「褒められたい」、「認められたい」という気持ちがあります。そのため、初めのうちは大人(学校では教師、家庭では保護者等)の顔色を読み取りながら、褒めてもらうことを期待して動きます。
子どもが行動する前に、重要な他者の反応をうかがって行動を決定するような現象は「社会的参照(social referencing)」とよばれ、実は、1歳前後から始まるとされています。初めての人や物、出来事に出会ったときに大人の方を一度見て、その際に大人が示した表情・動きで「安全か危険か」や「好ましいふるまいか否か」などを判断し、新しい状況に対処します。したがって、大人の顔色をうかがって行動することは好ましくないものでは決してなく、むしろ、情緒の発達のプロセスとしてとても大切なことだといえます。

その一方で、いつまでも大人の顔色を気にしていては、「依存が強い」「自分で考えていない」という課題が大きくなっていきます。そこで、大人の顔色を見ながら動く段階から、自分で考えて行動できる子に育てるためのポイントを整理しておきたいと思います。

画像、自分で考えて行動できる子

目標に向かう行動を価値づけする

学校で、教師の顔色を見る子が多いのであれば、それは教師の心の中にある「褒める」や「認める」の基準を子どもたちにまだ「可視化」できていない段階だといえます。心の中にある内的基準を、まずは外に出していくことから考えましょう。

すぐに使えそうなものは、学級目標です。学級目標は、年度初めに子どもたちと作り、きれいに装飾して、教室の前面に掲示するというクラスが多いようですが、残念ながら1年間飾りっぱなしで、使われていないことも少なくありません。それを活用することを考えます。
例えば、目標にかなった行動が見られたらすぐに「今、目標のことを考えながら動いたね」と伝えてみるというのはどうでしょうか。こうすれば、学級目標が飾りものになることを防ぐことができますし、子どもも大人の顔色を頼りにするのではなく、自分で考えて行動できるようになっていきます。

学級目標のさらなる活用を考える ――学級経営のための五つのステップ

学級目標は、個別に褒めたり認めたりするときだけでなく、学級経営に生かすこともできます。次の五つのステップを意識してみましょう。

ステップ1

まずは、子どもたちの心理メカニズムを知っておくことです。学級経営がうまくいっているときは、子どもたちの間に「共感」が広がっていることが多いものです。共感が広がるというのは「人のふり見て、我がふり直せ」が成立している状態のことをいいます。
例えば、「Aちゃん、姿勢いいねえ」と特定の子を褒めると、周囲の褒められていない子もサッと姿勢を正すような場面があります。このように、誰かが褒められたことを見て、「私も見習いたい」と行動を正したり、友達が叱られている場面を見て「気の毒だな」「自分は気をつけよう」と思えたりする子が多いのが、共感が広がっているクラスの特徴です。

ところが、「共感」と紙一重の感情に「嫉妬」があります。子どもたちの多くは(大人もそうかもしれませんが)、共感よりも嫉妬のほうが先にきます。嫉妬が支配するクラスでは、誰かが褒められると「ズルい、私は認められてない」と感じやすくなります。誰かが叱られている場面を見ると、「いい気味だ、ざまあみろ」という気持ちを抱きやすくなります。

ステップ1では、まず、この心理メカニズムを知っておくことが大切です。

ステップ2

学級目標を具体化します。

例えば、「助け合うクラス」や「支え合うクラス」というような大きな枠組みの抽象的な目標が設定されているとします。その具体的な姿として、助け合ったり、支え合ったりする場面で「子どもたちに言ってほしい」「こんなことを言える子どもたちにしたい」と感じられる言葉のリストを作ります。

〈例〉
・友達を待つ場面……「一緒に行こうよ」「待ってるよ」「慌てなくても大丈夫だよ」「間に合うよ」など。
・友達を励ます場面……「絶対できるよ」「一緒にがんばろうよ」「間違ってもだいじょうぶ」など。
・友達を支える場面……「手伝うよ」「一緒に持つよ」「何か私(僕)にできることある?」など。

ただし、このリストは指導の目的のために作るものであり、教室などには貼り出さないことがポイントです。特別支援教育に関する文献にはよく、「言葉のリストを貼り出しましょう」と書かれています。しかし、貼り出した途端に、勘のいい子は「これを言えば、先生は褒めてくれるんだ」と考えます。つまり、答えを示すのと同じになってしまうのです。

そのため、貼り出さずに先生の頭の中だけにしまっておくようにします。できれば、副担任の先生や専科の先生にもこれを伝えておく。中学校では、学年団で共通認識としてもっておくといいと思います。リストを作るけれども、貼り出さないというのが二つ目のステップです。

ステップ3

ここからは、ステップ1・2を活用していきます。ステップ2のリストにある言葉が出たら、まずは即時評価をします。

「今の発言聞いたかな? Aさんがね、“まだ間に合うよ”って言ってたよ。これは学級目標にぴったりだよね。こういう声かけが増えるとうれしいね」

こんなふうに、ひたすら「種まき」を繰り返します。

ステップ4

ステップ3をしばらく続けていくと、「オレだって」という“嫉妬”の気持ちが芽生える子が出てきます。なかなか認めてもらえない子が、「先生、オレも言ってるんですけど!」と訴えてくるはずです。しかし、ここで褒めてしまうと、簡単に嫉妬が広がるクラスになってしまうので、褒めないようにします。否定も肯定もせず、「ああ、そう」と言って終わりです。

ステップ5

嫉妬してしまう子どもの後を追いかけるかのごとく、“共感”を抱く子どもたちが現れるはずです。
「先生、Bさんが“間違ってもいい”って言ってくれたんです」「先生、Cさんから“絶対できるよ”って言われました」など、他者のポジティブな行動を報告してくれる子は共感レベルが高い子たちです。

こんな報告が来たら、「BさんもCさんもすごいなあ。そして、報告してきてくれたあなたもありがとう」と伝えるようにします。

こうすることで、子どもたちの気持ちや行動につながりをもたせていくことができますし、抽象的な目標を使いこなすことにもなります。

ちょっと手順は複雑に感じられるかもしれませんが、ここまで想定しておかないと、指導は後手に回ります。常に先手の指導を心がけ、学級目標を使いこなしてみてはいかがでしょうか。

次回は、忘れ物が多い子・提出物をなかなか出せない子について考えます。

Illustration: Jin Kitamura


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