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通常学級での特別支援教育 第27回

通常学級での特別支援教育

2018年7月17日 更新

川上 康則 東京都立矢口特別支援学校主任教諭

通常学級で特に気をつけたい特別支援教育のポイントを、新任・若手の先生方に向けて解説します。

川上康則(かわかみ・やすのり)

1974年、東京都生まれ。東京都立矢口特別支援学校主任教諭。公認心理師、臨床発達心理士、特別支援教育士スーパーバイザー。立教大学卒業、筑波大学大学院修了。肢体不自由、知的障害、自閉症、ADHDやLDなどの障害のある子に対する教育実践を積むとともに、地域の学校現場や保護者などからの「ちょっと気になる子」への相談支援にも携わる。著書に、『通常の学級の特別支援教育 ライブ講義 発達につまずきがある子どもの輝かせ方』(明治図書出版)、『こんなときどうする? ストーリーでわかる特別支援教育の実践』(学研プラス)など。

第27回 問いをもち続け、当たり前を見直す

今日のポイント

  • 特別支援教育の専門家とよばれる人たちのアドバイスやコメントの中には、「心理検査を勧めましょう」とか「専門機関につなげましょう」などのような、「その子を変えるための支援」を伝えてくるものがある。これらは間違いではないが、その前にすべきことがある。それは、「授業の在り方」を見直すことである。
  • 授業中に叱責や注意せざるをえない場面が多いときは、授業のやり方・進め方に問題がないか見つめ直す必要がある。もしかしたら、授業の在り方が子どものつまずきを助長しているかもしれない。その子に合わないやり方を繰り返していたのだとしたら、専門家のアドバイスも空回りしてしまう。
  • 事例を通して学ぶことを「ケーススタディ」という。教師としての成長のためにも、子どもに学ぶという姿勢をもつことが大切である。

ケーススタディは、子どもから学べるチャンス

事例を通して学ぶことを「ケーススタディ」といいます。今回は、事例の概要から紹介します。

対象児の概要

小学校中学年の男子、A君。じっとしていることが苦手。些細なことでカッとなることも多く、先生から注意されることが多い。授業中は、ノートを取ろうとせず、科学・歴史などの本を読んで過ごしている。
知識量は多いが、発言を待てない姿がよく見られる。先生からの発問に対して挙手をせずに発言することが多く、注意されてしまう。挙手する場面もあるが、そこで指名しないとふてくされて、授業中にもかかわらず他児の文房具を取るなどの妨害行為を始めてしまう。
最近、クラスメイトから「ウザい」「しつこい」と言われるようになってきた。休み時間に遊びに誘ってもクラスメイトは応えてくれないため、「誰も自分をわかってくれない」と言うことが増えてきた。

このようなケースに対して、特別支援教育や心理学・カウンセリングなどの専門家といわれる人たちの多くは、これまでこう答えてきました。
例えば……

  • ASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如多動症)の疑いがあります。医療機関につなげていきましょう。
  • スクールカウンセラーを活用し、A君の保護者に様子を丁寧に伝えましょう。
  • 通級による指導を活用し、ソーシャルスキルトレーニングを始めましょう。
  • 刺激となる掲示物を外すなど、教室環境を整備しましょう。
  • 教育委員会の相談センターなどを活用し、心理検査を行い、情報を整理しましょう。
  • 本人の能力や特性に合った個別のワークシートを作りましょう。
  • クラス全体に、A君のことを理解してもらいましょう。

確かにどれも間違っていませんし、これらの支援を必要とする子どもも当然います。しかし、そこには重要な視点が欠けていると言わざるをえません。

特別支援教育に欠けがちな重要な視点とは

特別支援教育や心理学の領野で欠けがちな重要な視点とは、いったいどのようなことなのでしょうか。それは、「その子どもを変えようとする前に、授業を変えることはできないか」と問い直す視点です。

画像、問いをもち続け、当たり前を見直す

先に挙げたアドバイスやコメントは、どれも対象児だけに注目したものです。ところが、通常学級において、対象児だけを取り上げて支援を行うことは、かえって「支援の空回り」を招くことが多いのです。それどころか、クラスがよりいっそう落ち着かない状態に陥ることも少なくありません。
また、医療機関や相談支援機関につなげるにしても、つまずきの状態を家族・本人が受け入れるには時間がかかるものです。紹介した病院や相談センターに診察の予約を入れる必要があったり、「今はいっぱいだから数か月待ってください」と言われたりするなど、「支援の棚上げ」状態が続くことがあります。
さらに言えば、仮に、ASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如多動症)などの診断が明らかになったとしても、もっとも長い時間を過ごす授業が変わらなければ、同じ状態が続くことは想像に難くありません。

そのため、まず「授業の在り方」に着目し、「本当にこの進め方でよかったのか」と問い直すことが大切だといえます。

まずは、伝統的な「挙手―指名スタイル」を変えることから

このケーススタディでは、「対象児A君が叱責・注意されるような行動を繰り返している」という印象を受けます。しかし、立場を変えてみれば、「A君を叱らねばならないような授業スタイルを繰り返していること」が問題を悪化させていると見ることもできます。
そこで、叱責・注意の“原因”ともなってしまっている「挙手―指名スタイル」について、本当にこのスタイルがよいのかを問い直してみましょう。

教師が子どもに「わかる人?」「できる人?」などと問いかけて挙手を促し、教師の意図で指名するという方法は伝統的に取り組まれてきました。その一方で、以下のような問題点もあります。

「挙手―指名スタイル」の問題点

  • いつ(または何番目に)指名されるのかわからないので、待てない。
  • 「わかっているのに、指名されない」ことが多く、「悔しさばかりを感じる時間」という印象を抱いてしまう。
  • 初めのうちは「手の挙げ方がよい子」を褒める教師の言葉を受け止め、それを守っていたが、指名されないことが続くと、諦めて手を挙げなくなる。それどころか、「大人は言ったことを守らない、裏切る存在だ」ということを誤学習してしまう。
  • わからない子や「できない」と感じている子の場合、周囲の子どもたちが挙手する場面を見て、劣等意識を強くもつ。さらに、そうした時間は、教室の中で「居場所」を失ってしまい、考えることを放棄することにもつながる。

A君の特性を考えると、上記のような問題点の全てに該当する可能性があります。やはり「挙手―指名スタイル」を思い切って変えていく覚悟が必要です。

発言方法の「引き出し」を増やそう

では、具体的にどのようにすれば、伝統的な「挙手―指名スタイル」以外の方法で発言(または意見の表出)を促せるのでしょうか。以下に、その具体策を列挙します。

  1. ノートなどを丸めて簡易メガホンを作り、「先生の耳だけに聞こえるように答えを言ってね」と伝える(こうすれば周りに答えが漏れずに済む)。
  2. 全員に起立させ、お互いに意見を言い合えたら座る(話したい気持ちの“ガス抜き”ができる)。
  3. (2)の後に「意見交換した相手の意見をみんなに伝えてくれる人?」と挙手させる(自分の意見ではなく、他者の意見を聞こうとする意欲につながる)。
  4. わかっている人は「パー」、難しいと感じている人は「グー」を挙げ、グーの人がパーの人にききに行く。または、パーの人が伝えに行く(全体に向けて発言させるのではなく、対象を絞る)。
  5. (4)の後に、「グーを挙げていた人の中で、パーに変わることができた人?」と挙手を促す(クラス内での支え合いが成長につながることを実感させる)。
  6. 挙手している人を全員立たせ、端から順に一文程度で答えを言わせる。同じ答えだったら、何も言わずに座らせる(座れば、発言したことと同じとみなす)。
  7. 「このことについて、わかりやすい絵を書ける人?」「このことについて、動きで伝えられる人?」など、描画や動作に置き換える。
  8. 「わかった人はノートに書きましょう」と伝え、一定時間(それほど長くない時間)が経過した後、全員を起立させて、他者のノートを見て回る活動を入れる(美術館の絵を見て回るような活動なので、「ギャラリー・ウォーク」という)。

これらはほんの一例にすぎませんが、少なくともA君を叱らなければならないような場面は漸減または激減すると思います。


A君に限らず、特別支援教育のケーススタディは、大人に「問いをもち続け、日々の当たり前を見直す」ことの大切さを教えてくれます。子どもに学び、子どもと共に育つ。そんな教師でありたいものです。

次回は、力加減の調節が苦手な子への指導について取り上げます。

Illustration: Jin Kitamura


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