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通常学級での特別支援教育 第35回

通常学級での特別支援教育

2019年3月13日 更新

川上 康則 東京都立矢口特別支援学校主任教諭

通常学級で特に気をつけたい特別支援教育のポイントを、新任・若手の先生方に向けて解説します。

川上康則(かわかみ・やすのり)

1974年、東京都生まれ。東京都立矢口特別支援学校主任教諭。公認心理師、臨床発達心理士、特別支援教育士スーパーバイザー。立教大学卒業、筑波大学大学院修了。肢体不自由、知的障害、自閉症、ADHDやLDなどの障害のある子に対する教育実践を積むとともに、地域の学校現場や保護者などからの「ちょっと気になる子」への相談支援にも携わる。著書に、『通常の学級の特別支援教育 ライブ講義 発達につまずきがある子どもの輝かせ方』(明治図書出版)、『こんなときどうする? ストーリーでわかる特別支援教育の実践』(学研プラス)など。

第35回 引き継ぐ側の配慮、受け取る側の覚悟

今日のポイント

  • 年度末になると、支援を引き継ぐための資料を書く機会が多くなる。ただ、引き継ぎ情報が生かされないことも少なくない。その背景には三つの課題がある。
  • 実態は「人によって語られるもの」である。伝える側は、常に主観的な判断が入り込むことを気に留めながら情報をまとめる必要がある。また、受け取る側は、すべてを鵜呑みにせずに、時に「果たして本当だろうか」と疑いながら読み解く必要がある。
  • 受け取る側が最も求めているのは、「〇〇という支援があれば、この子は□□できる」という情報である。

引き継ぎ情報が生かされないことの背景にある三つの課題

年度末になると、学校内では次年度に向けたさまざまな情報の引き継ぎに関することが話題になります。特別支援教育においても、支援を必要とする子どもの実態や指導上の留意点、そして具体的な支援内容などを丁寧に引き継ぐことが大切だとされています。
ところが、「何をどのように伝えると読み手(受け取る側)に伝わりやすいか」という視点が明確でなければ、せっかくの情報があまり活用されない事態に陥ってしまいます。

引き継ぎ情報が生かされないことの背景には、昨今の学校現場が見過ごしがちな三つの課題があります。

画像、支援の引き継ぎ

第一は、「普段の職員室の会話や雰囲気」です。引き継ぎは、年度末の指定された時期に1回のみ行われて完結するものではなく、関係者間で繰り返されることで初めて機能するものです。つまり、普段からの情報のやり取りを意識的に習慣づける必要があり、こまめな情報交換を繰り返すことで、発信側と受信側のトレーニングができるといえます。ところが残念なことに、話題の中心が「今をどう乗り切るか」に偏りがちな雰囲気がある職員室では、先を見据えた継続的な議論があまりなされません。

第二に、「書式への過度なこだわり」が挙げられます。とかく学校現場では、書式の統一についての要望が高く、「共通のものを用いてさえいれば書くべき内容の質も高く保たれる」と思われているところがあります。しかし、共通のものを用いることの本質は書式にこだわることにはなく、方向性を共有することにこそあります。

第三に、「引き継がれた情報を鵜呑みにしたり、逆に軽視したりする傾向」を考えなければなりません。以前、ケース会議で「前任者や専門家に言われたとおりにしているのに、うまくいかない」と報告した先生がいました。うまくいかないのも当然です。教育・子育て・発達支援には「100%の正解」など存在しないからです。また、その一方で「どうせ役に立たないから」と資料を読もうとすらしない先生もいます。いずれにしても、引き継ぎ情報は「100%の答え」ではありません。過去の担当者が、その子とどのように関係づくりをしたかを語る歴史であり、そこから何かを学び取るノートとして、客観的な視点をもって受け止める必要があると思います。

実態は「人によって語られる」もの

引き継ぎ資料は、それを書く側も読む側も、「実態は、人によって語られるものだ」ということを常に認識しておく必要があります。
書き手(引き継ぐ側)の先生には、「伝えようとする情報にはどうしても主観が入り込んでしまうものだ」という意識をもつことが求められます。

特に、日ごろから「私はこんなに困らされています」と訴える先生や関係者が語る個々の子どもの実態は、悲しいことに「悪行三昧」であることが多いものです。この場合、読み手(受け取る側)の先生からすると「前評判ほどではなかった」と感じられることでしょう。先入観で見てはいけないということになります。

また、日ごろ「特に困っていません」と話す先生や関係者の多くは、その子のつまずきに気づけていなかったり、自分の失敗をさらしたくないというプライドに影響されていたりする場合があります。1年間、そのつまずきが放置されると、引き継ぎ資料の内容以上に問題が深刻化していることもあります。この場合、読み手からすると「事前に聞いてなかった!」と感じられるようなことが起きるかもしれません。時には、「はたして本当にそうなのだろうか」と疑って情報を受け止める覚悟も大切です。

読み手にとって役立つ情報とは

活用される情報は、読み手の立場に立って書かれています。
例えば、「〇〇できない」「〇〇することが難しい」など、「他者の手助けがあっても難しいこと」ばかりが羅列されていても、読み手には「どうすればよいか」が伝わりません。

では、「一人で〇〇できる」などのように自分一人の力でできることを書くのはどうでしょうか。「現在の発達水準を伝えることができる」という一定の効果はありますが、読み手からすると、「見守ればよいこと」ばかりが羅列されていることになり、具体的にどのような配慮・支援が期待されているのかが伝わってきません。また、伝え方によっては「この程度しかできないの?」という印象を読み手に抱かせてしまうこともあります。

読み手が最も求めているのは、「〇〇という支援があれば、この子は□□できる」という情報です。つまり、教師・関係者の手立てとその子の実態をセットにして伝えるということが大切だといえます。


〈参考文献〉
川上康則(2019)「ライブ! 職員室 みんなが学びやすい教室のつくり方 次年度への引継ぎで気をつけることは?」(「授業力&学級経営力2019年3月号」明治図書、pp.104-105)

次回は、言葉よりも先に手が出る子について取り上げます。

Illustration: Jin Kitamura


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