「語りかける」英語教育
2017年7月24日 更新
達川 奎三 広島大学教授
明日の授業のスパイスとして、英語を学ぶ楽しさを「語る」「語りかける」視点から解き明かします。
達川奎三(たつかわ・けいそう)
1958年広島県生まれ。広島大学外国語教育研究センター教授。兵庫教育大学大学院修了(学校教育学修士)の後、広島大学大学院教育学研究科修了(教育学博士)。中・高等学校の英語教員研修などに数多く携わっている。著書に『COMMUNICATION STRATEGIES FOR INDEPENDENT ENGLISH USERS』(英宝社/編著)、『Global Issues Towards Peace』(南雲堂/編著)など。光村図書『COLUMBUS 21 ENGLISH COURSE』編集委員。
第5回 言葉の「機能」
みなさんの目の前に「30cmの物差し」があると想像してみてください。これを使って私たちは何ができるでしょうか。まず、「長さを測る」ことや「線を引く」ことができます。しかし、もっと考えると、「(カッターナイフやハサミの代用として)紙を切る」、「(書類が散乱しないように)重石(おもし)として使う」、「(孫の手の代用として)背中を掻く」こともできます。
このように、「物差し」は本来の用途以外に使われることも多く、たくさんの「機能(functions)」をもっていることがわかります。
さて、言葉も物差しのように複数の「機能」を果たします。言葉の「機能」とは、言葉のもつ「意味の働き」のことです。
例えば、
“What are you doing?” 「何をしているの?」
という疑問文には、どんな機能があるでしょうか。まず、電話で「何をしているの?」と、『相手の様子を窺う』という機能が考えられます。街や、思わぬ場所で偶然出くわした知人に対し、「(えっ)何をしているの?」と、『驚きの感情を表す』という機能もあるでしょう。また、少し強い口調で言うと「何しているの?(ぐずぐずしないで早くしなさい)」という『相手を急かす』機能にもなります。
ここで注意しなければならないのは、言語の「形式」と「機能」は、必ずしも一対一の関係ではないということです。
例えば、命令形という「形式」に注目してみましょう。
【命令形】の文が果たす機能
Give me that book. |
その本を渡しなさい。 |
Order 命令 |
Pass the jam. |
ジャムを取って。 |
Request 依頼、お願い |
Turn right at the corner. |
角を右に曲がってください。 |
Instruction 指示 |
Try the smoked salmon. |
スモークサーモンを食べてみて。 |
Suggestion 提案 |
Come round on Sunday. |
日曜日においでよ。 |
Invitation 招待 |
(出典:『ロングマン応用言語学用語辞典』)
このように、同じ「命令形」の文の形であっても、その「機能」は『命令』以外にも複数の可能性があるのです。
また、逆に一つの「機能」を表現するにも、複数の言語「形式」が考えられます。例えば、「相手を座らせる」ことを目的とする『命令』の機能をもつ文について考えてみましょう。あなたなら何と言って相手に座ってもらいますか?
【命令する】という機能をもつ文
(Please) Sit down. |
(どうぞ)座ってください。 |
命令文 |
Can you please sit down? |
座っていただけますか。 |
疑問文 |
Your legs must be tired. |
脚が疲れているでしょう。 |
ものを主語とした平叙文 |
You must be exhausted. |
お疲れでしょう。 |
人の二人称を主語とした平叙文 |
We can’t see. (Sorry.) |
見えません(すみません)。 |
人の一人称を主語とした平叙文 |
もちろん、相手に座ってもらうためには、最初の文が一番直接的で分かりやすいでしょう。しかし、興奮した聴衆で溢れるコンサート会場や球場などでは、最後の文などもよく聞かれる発話です。
「言語表現」と「言語機能」の関係を図式化してみると、次のようになります。
最後に、週明けに我が家でよく交わされる会話を見てみてください。さて、どんな意味になるでしょうか。
A: It’s Monday today. 「今日は月曜日よ」
B: OK. 「わかった」
この後でB(私)はどういう行動をとるでしょうか。Bは「燃やせるゴミ」を所定の収集場所に持って行きます。つまりAの発話は、“It’s Monday today. (So, please take out the flammable garbage to the designated place.)” の「だから、燃えるゴミを指定の場所に出しておいてね」という( )内の部分が省略され、It’s Monday today.だけで「依頼(お願い)」や「確認(reminder)」の機能を果たしているのです。
このように「誰が、誰に対して、どのような状況で」そのメッセージを発しているかによって、同じ言葉でも果たす機能(意味する内容)が異なります。そういったことを考えたり、状況や文脈から判断したりして理解を深めていくと、英語学習も楽しくなりますね。
Illustration: 福々 ちえ