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第8回 母国から親戚が来る

多様性を尊重し合う学校づくり

2024年3月5日 更新

熊谷 茂樹 前 埼玉県川口市立朝日東小学校長

一人一人の多様性を尊重し、生かす――そうした学校づくりに長く取り組んできた筆者が、これまでのエピソードをつづります。

第8回 母国から親戚が来る

 小学校で教頭職に就いた頃の、もう15年も前のお話です。放課後の職員室で、2年生の担任が相談に来ました。「うちのクラスにいるMさんですが、来週いっぱいお休みしたいと言ってきました。Mさんのご両親の国から親戚の方がいらっしゃるので、日本を観光したいそうです。これって許可していいものですか?」
Mさんは、3歳でご両親と来日しました。政情不安定のA国から逃げるようにやって来たという話は聞いていました。担任は、納得できないという顔です。「親戚が来て、観光に同行したいから一週間も休みたいというのは、いかがなものでしょうか。日本人なら考えもしないことだと思います。そもそも、日本で暮らすなら日本の文化とか常識に従うべきじゃないでしょうか。学校というものを軽く見ていますよね。全く呑気な話です」担任の嘆きは収まりません。

「そうですよねぇ」と相槌を打ちかけたところに、ベテランの日本語指導教室の教師が静かに語り始めました。「そうじゃないんです。かの国から来日することの意味を考えてあげてください。ご親戚の方が、単に観光のためにいらっしゃるとは思えません。治安も経済も、私たちの想像を絶する国からいらっしゃいます。単なる物見遊山とはいえないでしょう。贅沢な観光地巡りができるとは、私には思えない。どういう経緯で来日されるにしても、そのまま日本で暮らし続けることは不可能です。だとしたら、一週間たてば帰国されるかもしれません。つまり、この来日が今生の別れになるかもしれません」

職員室は、文字どおり水を打ったように静まり返りました。Mさんの担任は言葉を失いました。頭をぼりぼりかいて「そうか。そうだよな」と独り言を言いながら、自席に戻りました。一週間の欠席を許可するかどうかの答えは出たようです。校長先生にお伝えすると、「そうですか。そんなことがあったのですね。一週間……いいじゃないですか。Mさんには、たっぷり親戚の方に甘えてもらいましょう」とのこと。

第8回のイラスト

時勢は変わり、今なら、この出来事はセンシティブな問題を多分にはらんでいることからすぐに許可されるでしょう。この15年で、私たちは世界情勢についても勉強してきました。世界にはさまざまな国があり、さまざまな人々がいることもずいぶん学んできました。それでも根っこのところ(私たちの意識)は、まだ狭く固いのではないでしょうか。さまざまな方面に忖度しているだけで、あの日本語指導教師のように、人の事情に思いをはせられるようになっているでしょうか。

一週間たって登校したMさん。いつもの陽気な表情はなく、寂しげでした。何があったのでしょうか。わからないままです。

Illustration: こやまもえ 

熊谷 茂樹(くまがい・しげき)

前 埼玉県川口市立朝日東小学校長

1961年生まれ。埼玉県特別活動研究会顧問。埼玉県蕨市・川口市の公立中学校教諭を経て、2005年、川口市教育委員会 指導課指導主事として、国語・特別活動を担当。その後、川口市の公立小・中学校にて教頭、校長を務め、2022年3月に退職。現在、川口市の公立小学校にて初任者研修指導教官を務める。埼玉県内外にて、国語・特別活動・学級経営に関する指導を行う。教育総合誌「教育総合技術」(小学館)で連載「今月の学校経営」を執筆。

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