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第6回 あきらめない

多様性を尊重し合う学校づくり

2023年7月25日 更新

熊谷 茂樹 前 埼玉県川口市立朝日東小学校長

一人一人の多様性を尊重し、生かす――そうした学校づくりに長く取り組んできた筆者が、これまでのエピソードをつづります。

第6回 あきらめない

小学校低学年の学級での出来事である。
今日は、子どもたちが待ちに待った「お楽しみ会」である。司会の子どもは、張り切ってお手製の蝶ネクタイを締めている。飾りつけ係は1週間かけて、折り紙や画用紙で教室中をきらびやかにした。レク係は景品にと、折り紙でメダルをたくさん作った。さあ、始まるぞ、というときに担任は、一人の児童のかたわらに行き、廊下に出るようそっと促した。
本児は自閉スぺクトラム症を抱え、日常の授業は受けることができるが(むしろ学習意欲は高い)、狭い空間で大きな音がするような「お楽しみ会」などは苦手である。体が固まってしまう。仮にYさんとしよう。子どもたちは、Yさんのことを理解していて、自習をしに廊下に出ていく級友に「後でね」「12時半には終わるからね」などと声をかけた。

司会の子どもが、「それでは、初めに椅子取りゲームをします!」と進行すると、子どもたちは「いえーい!」と大はしゃぎである。担任は教室入り口に立ち、教室の子どもたちの様子と、廊下で勉強するYさんを笑顔で見守った。
突然、「先生!」と、二人の児童が手を挙げた。「あの、僕たちはBGM係で、これからレクを盛り上げるためにCDをかけます。で、あの、急なんですが、デッキのスタートボタンをYさんに押してもらいたいんですけど。あの、苦手だってわかってるけど、ボタン押してもらえると、なんとなくYさんも一緒にレクをやっているみたいな気がして……あ、Yさんが嫌ならいいんです、ホントに」。廊下にいる級友に聞こえるような音量で、でも一所懸命に言葉を選びながら、BGM係は急な提案をした。教室は水を打ったように静かになった。

「どう?」と、担任がYさんに目で語ると、こっくりとうなずいた。BGM係は教室と廊下の境目になる入り口までデッキを運んだ。子どもたちから見ると、Yさんの手だけが伸びてきて、スイッチを押した。当然、椅子取りゲームは盛り上がった。Yさんも固まらずに、廊下で教室の喧騒を聞いていた。

担任は言う。「弱さや痛み、苦しさを共有することが、自分以外の誰かを受け止めようとする基盤になると思います。喜びを共に分かち合うことも重要です。でも、子どもたちは級友の抱える苦しさを共有していた。Yさんもそれをわかっているんだと思います。だから、壁一つ隔てた教室から聞こえるにぎやかな歓声を浴びても、固まらずにいられたのだと思います」。この教師の感性に深く感銘を受けた。

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大先輩から教わったことの一つに、「物事を解決させるには『話し合い』か『殴り合い』しかない」という至言がある。「殴り合い」を回避し、何年、何十年、何百年かかろうと「話し合い」を選び続けなければならない。しかし、世界の至る所で「殴り合い」が起きている。
人が人を思うことが崇高な行為であることを子どもたちと考え続ける。それをあきらめない。現実には ないがしろにされる多くの多様性にどう向き合うか、考え続ける。私はあきらめない。出会ってきた子どもたちや人々を思い出すと、あきらめなくてよいという答えに行き着くからだ。

Illustration: こやまもえ 

熊谷 茂樹(くまがい・しげき)

前 埼玉県川口市立朝日東小学校長

1961年生まれ。埼玉県特別活動研究会顧問。埼玉県蕨市・川口市の公立中学校教諭を経て、2005年、川口市教育委員会 指導課指導主事として、国語・特別活動を担当。その後、川口市の公立小・中学校にて教頭、校長を務め、2022年3月に退職。現在、川口市の公立小学校にて初任者研修指導教官を務める。埼玉県内外にて、国語・特別活動・学級経営に関する指導を行う。教育総合誌「教育総合技術」(小学館)で連載「今月の学校経営」を執筆。

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