みつむら web magazine

第1回 丸ごと受け止める

多様性を尊重し合う学校づくり

2023年2月27日 更新

熊谷 茂樹 前 埼玉県川口市立朝日東小学校長

一人一人の多様性を尊重し、生かす――そうした学校づくりに長く取り組んできた筆者が、これまでのエピソードをつづります。

第1回 丸ごと受け止める

公立小学校での校長時代、子どもが気軽に悩み相談ができるように、校長室前にポストを設置した。投函する姿を見られたくない子もいると考え、月2回、「校長先生クイズ」を出し、その解答用紙に自由記述欄「聞いて聞いてコーナー」を付け足した。これを投函させた。用紙はポスト脇に山積みして、自由に取れるようにした。
コーナーには、「昨日はカレーライスを食べました。」とだけ書かれたものも多かったが、必ずその日のうちに返事を書いた。多い日は、解答用紙がポストからあふれ出るくらいになった。毎日の子どもとのささやかなやり取りが楽しかった。そして、その中にときどき、深刻な悩み相談が書かれていることがあった。人間関係のトラブル、家庭の問題、担任に対する愚痴等々。

tayousei-01.jpg

ある年の3月。ポストに、6年生の女児から「校長先生、聞いてほしいことがあります。」と、小さな手紙が入っていた。担任に最近の様子を聞く。「母親から相談がありました。4月から中学校に行きたくないと、毎日泣くのだそうです。でも理由はいっさい話さないので、困っているとのことです」。女児の手紙のことを話し、母親との教育相談も含めて、今後の対応を打ち合わせた。

翌日、女児が校長室にやって来た。彼女は、「中学校の制服であるスカートをどうしても履きたくない」と泣きながら話してくれた。そういえば、この子のスカートを履いている姿を見たことがなかったことに気づいた。「男の子には興味がなく、女の子が好きだ」とも言った。
12歳の子どもが苦しさの限界に立ち、泣きながら勇気を振り絞って相談してきてくれたのだ。いいかげんな返事はしたくない。しかし、言葉が出ない。しばしの沈黙。「あなたに何をしてあげられるか、何と言ってあげたらいいかわかりません。一晩、考えさせてください。一人でじっくり考えてきます。明日、もう一度、お話をしましょう。でもね、ママが、泣いているあなたを見て、苦しんでいらっしゃるそうです。だから、あなたのママにだけは今の気持ちを伝えて」と話した。こくんと頷いた。

子どもに向き合うとは、その子を丸ごと受け止めるということだ。そして、一人として同じ子はいない。外国にルーツをもつ児童、発達障害、不登校等々。十把一絡げにはできない。保護者もさまざまな事情を抱えている。多様性を尊重し合う学校をどうつくればよいか。ずっと悩み続けてきた。分断が加速する世界情勢の渦中、HOW-TOでは対応できない問題だ。学校教育に携わって40年。出会った子どもたちから学んだことは一つ。「それでも希望はある」。
これから6回にわたり、子どもたちと紡いできた物語と共に、「多様性を尊重し合う学校づくり」についてお話ししていきたい。お付き合いいただければ幸いである。

Illustration: こやまもえ 

熊谷 茂樹(くまがい・しげき)

前 埼玉県川口市立朝日東小学校長

1961年生まれ。埼玉県特別活動研究会顧問。埼玉県蕨市・川口市の公立中学校教諭を経て、2005年、川口市教育委員会 指導課指導主事として、国語・特別活動を担当。その後、川口市の公立小・中学校にて教頭、校長を務め、2022年3月に退職。現在、川口市の公立小学校にて初任者研修指導教官を務める。埼玉県内外にて、国語・特別活動・学級経営に関する指導を行う。教育総合誌「教育総合技術」(小学館)で連載「今月の学校経営」を執筆。

関連記事

記事を探す

カテゴリ別

学校区分

教科別

対象

特集