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第10回 立ち直る

多様性を尊重し合う学校づくり

2024年5月14日 更新

熊谷 茂樹 前 埼玉県川口市立朝日東小学校長

一人一人の多様性を尊重し、生かす――そうした学校づくりに長く取り組んできた筆者が、これまでのエピソードをつづります。

第10回 立ち直る 

少年事件に長く携わってきた弁護士さんの講演を聞いたことがあります。

子どもは、どの子も失敗します。失敗を繰り返し、頭にたんこぶをいくつもこさえながら成長していきます。私が関わってきた、今も関わっているのは、法で裁かれなくてはならない失敗をした子どもたちです。私の仕事は、犯罪の軽微に関わらず、彼らが立ち直るために力を尽くすことだと考えています。

仮にA君としましょう。A君は窃盗犯でした。これまでも同じことを繰り返し、今度ばかりは少年院送致が必要だと私は思い、彼と関わり始めました。私はいつも、面会の前に、今の自分について作文させます。そして面会のときに、それを読ませてもらいます。A君の最初の作文には、「自分は本当にダメな人間だ。もう二度と過ちは繰り返さない」とありました。私は、読み終えて「ふぅん」と言いながら作文を鞄にしまい、「次の面会までに、また作文しなさい」と席を立ちました。「え? それだけ?」と言う声を背中で聞いて、面会室を後にします。

2回目は、自分の成育歴と被害者への謝罪が書かれていました。A君の文章はなかなか上手で、地頭のよい子だと感じました。また「ふぅん」と言って、3回目の作文を命じただけで帰りました。次の作文には、母親への思いと将来の夢が書かれていました。私の同情を引こうとしているとは思えませんでしたが、「まだだね。まだ君と話す気になれない」と言って宿題を出すと、A君はうつむいたまま動きませんでした。4回目。作文を読み終えた私は、「さあ、始めようか」と言って鞄から手帳やペンを取り出しました。怪訝な表情のA君に「さあ、君の話を聞かせてよ」と言うと、ぽろぽろ泣きだしました。最後の作文には「僕が傷つけてきたのは、僕自身です。僕は僕に謝りたい」と綴られていました。

第10回のイラスト

事件を起こした子どもたちが、立ち直ろうと心から思えるようになる第一歩は、自分との語らいです。そこに自分で気づくまで、私は何度でも突き放します。

この弁護士さんは、こうも言っていました。

今日ここにいる私たちは、大人として、社会人として生活することができています。それはただ「運がよかった」だけだと思うのです。少年院で育ち直しをした子どもの中には、退院後、再び罪を犯してしまう子が少なくありません。「運が悪かった」としか言いようのない子どもたちがたくさんいるのです。

犯罪者の社会復帰問題は極めて難しいと聞きます。「多様性」はきれいごとでは済まされない。そう思いませんか。

Illustration: こやまもえ 

熊谷 茂樹(くまがい・しげき)

前 埼玉県川口市立朝日東小学校長

1961年生まれ。埼玉県特別活動研究会顧問。埼玉県蕨市・川口市の公立中学校教諭を経て、2005年、川口市教育委員会 指導課指導主事として、国語・特別活動を担当。その後、川口市の公立小・中学校にて教頭、校長を務め、2022年3月に退職。現在、川口市の公立小学校にて初任者研修指導教官を務める。埼玉県内外にて、国語・特別活動・学級経営に関する指導を行う。教育総合誌「教育総合技術」(小学館)で連載「今月の学校経営」を執筆。

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