みつむら web magazine

第11回 街の子

多様性を尊重し合う学校づくり

2024年6月21日 更新

熊谷 茂樹 前 埼玉県川口市立朝日東小学校長

一人一人の多様性を尊重し、生かす――そうした学校づくりに長く取り組んできた筆者が、これまでのエピソードをつづります。

第11回 街の子

コロナ禍前、小学校の校長時代の話です。卒業式から2週間ほどたったある日、卒業生のMさんがお母さんと一緒に学校を訪ねてくれました。

校長先生、本当にお世話になりました。これ、娘が焼いたクッキーです。皆さんでお召し上がりください。
よかったね、受け取ってもらえて。この子、粉まみれになって作って。とても楽しそうで。「自分で作る」って、手伝わせてくれなかったんです(笑)。卒業式からだいぶたってしまって、ご挨拶が遅れて、申し訳ありませんでした。この子が6年間、いじめられたり、つらい思いをしたりせずに過ごせたのは、先生方のおかげです。特別支援学校の校長先生にもお会いして、とってもよい方で、この子も「大好き」だって言うんです。

先生、今日はどうしてもお話ししたいことがあります。

昨日、この子と夕飯の買い物に行きました。その途中、ご高齢のご婦人から「まあ、Mちゃん、いいね、ママとお出かけだ」と声がかかりました。見ず知らずの方です。娘は大きくうなずいていますが、私は初対面の方です。「あら、ママ、驚かせちゃったね。ごめんなさいよ。私、そこの角の家の者なんです。Mちゃんとは朝の登校と午後の下校のときに、家の前でご挨拶してきた仲です」とおっしゃるのです。

先生方には、ご心配おかけし続けましたが、私は仕事の都合で登下校の送迎ができませんでした。自宅から学校まで5、6分の距離ですが、入学前から休日には二人で何度も往復して、登下校の練習をして、一人で登校することを当時の校長先生にお許しいただきました。
このご婦人のお宅は娘の通学路の中間点でした。「毎日、声をかけるのが楽しかった。最初は照れて目も合わせてくれなかったけど、すっかり仲良しよ。6年間、楽しませてもらいました。Mちゃんは、この辺りの老人会のアイドルだから、私が都合つかない日は、ほら、あそこに立って、こっち見てるおばあちゃん、あの佐々木さんとかにお願いしてね。Mちゃん、6年間、よくがんばりました。偉いよね。Mちゃんも偉いけど、ママもよくがんばったね」。そう言って、私の手を両手で握ってくれました。

6年間です。6年間、街の人たちが、うちの子に声をかけ続けてくださっていたんです。佐々木さんが遠くから手を振ってくださると、娘も振り返して……。私は全然知らなかった。頭を下げてお礼を言おうとしたら、涙がぽろぽろこぼれて……。今度の日曜日には、老人会の寄り合いがあるらしく、この子とご挨拶に行ってきます。はい。もちろんです。クッキーをたくさん持って。

第11回のイラスト

帰路につく親子を、職員全員で見送りました。

当時、「街」には、住民どうしに濃厚な人間関係がありました。コロナ禍以降、「街」は変わりました。しかし、どうなろうと、いつの時代にも「街の子は街で育てよう」とする人たちはいます。私も「街」の人間として、すれ違う子どもたちに「おはよう」と声をかける「街のおじさん」になろうと思います。

Illustration: こやまもえ 

熊谷 茂樹(くまがい・しげき)

前 埼玉県川口市立朝日東小学校長

1961年生まれ。埼玉県特別活動研究会顧問。埼玉県蕨市・川口市の公立中学校教諭を経て、2005年、川口市教育委員会 指導課指導主事として、国語・特別活動を担当。その後、川口市の公立小・中学校にて教頭、校長を務め、2022年3月に退職。現在、川口市の公立小学校にて初任者研修指導教官を務める。埼玉県内外にて、国語・特別活動・学級経営に関する指導を行う。教育総合誌「教育総合技術」(小学館)で連載「今月の学校経営」を執筆。

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