みつむら web magazine

第12回 でも、それでも

多様性を尊重し合う学校づくり

2024年7月26日 更新

熊谷 茂樹 前 埼玉県川口市立朝日東小学校長

一人一人の多様性を尊重し、生かす――そうした学校づくりに長く取り組んできた筆者が、これまでのエピソードをつづります。

第12回 でも、それでも

場面緘黙(かんもく)のKさん。若い担任の先生は、この子を特別扱いすることなく、しかし、緘黙であることで肩身の狭い思いをしないように、ささやかな気配りをしてきました。言葉はいっさい発しないけれど、表情は豊かで、欠席もなく、休み時間は外で鬼ごっこをする元気な子だそうです。
5月の連休明け。先生は、PTAの会合で来校していた母親と偶然話す機会を得ました。母親によると、音読の宿題があると、自宅では、しっかりと声に出して読み上げるとのこと。先生は「授業中の音読はできなくとも、自宅でタブレットに録音した音声を、国語の授業で流せないか」と考え、本人と保護者に投げかけると、「挑戦したい」と回答を得たそうです。録音された音声をクラスで流すと、初めてKさんの声を聞いた級友たちから拍手が湧き起こり、それを浴びながら、Kさんは笑顔いっぱい、真っ赤になって照れたそうです。母親に報告すると、電話口で泣きながら感謝してくれたとか。

この話を聞いて「すてきな話だな」と思いましたが、美談で終わりませんでした。数名の級友から、「Kさん、いい声してるよ。教室でも声を出してみたら」と言われ、それがプレッシャーとなり、Kさんの登校渋りが始まったというのです。級友たちには悪気などいっさいなく、自分たちの声かけが友達を追い詰めてしまったかと、ショックを受けているそうです。Kさん自身も、あの日は心の底からうれしかったし、友達も自分を傷つけるつもりなどないことは重々わかっているそうです。でも、朝、登校しようとするとおなかが痛くなります。

頭を抱える若い先生に向かって、「今のご時世、余計なことはしないほうがいいんだよ」と訳知り顔で語るベテラン教師がいました。この教師は普段から、職員室で「言うことを聞かない子」への「悪口」を言い続け、「できない子」の名を挙げて「本当にダメだね、あの子は」と声高に言います。「言うことを聞かない、できないことだらけなのが子どもですよね」と言うと、肩をすくめます。
場所を変えて若い先生を励ますと、「今日、Kさんとお友達たちが教室の隅で泣いていました。『ごめんね、ごめんね』を繰り返すお友達に、Kさん、何度も首を振って、涙をこぼしながら、自分のハンカチを渡していました。今回、担任として先読みが甘かったと反省しています。でも、先生、私はこれからも、子どもたちに余計なことをすると思います。しちゃうと思うんです。それでも、余計なことを……してあげたいんです」と嗚咽しました。うまくいかないし、腹の立つことや諦めたくなることは多い。一人になってから、私は、先生の「でも……それでも……」を何度も小さくつぶやきました。

第12回のイラスト

長きにわたりお付き合いいただいた拙稿も、今回が最終回です。ありがとうございました。皆さまと世界中の子どもたちが、ささやかな幸せに包まれますことを心からお祈り申し上げます。それでは、また、いつか。

Illustration: こやまもえ 

熊谷 茂樹(くまがい・しげき)

前 埼玉県川口市立朝日東小学校長

1961年生まれ。埼玉県特別活動研究会顧問。埼玉県蕨市・川口市の公立中学校教諭を経て、2005年、川口市教育委員会 指導課指導主事として、国語・特別活動を担当。その後、川口市の公立小・中学校にて教頭、校長を務め、2022年3月に退職。現在、川口市の公立小学校にて初任者研修指導教官を務める。埼玉県内外にて、国語・特別活動・学級経営に関する指導を行う。教育総合誌「教育総合技術」(小学館)で連載「今月の学校経営」を執筆。

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