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第9回 おもしろい子

多様性を尊重し合う学校づくり

2024年4月9日 更新

熊谷 茂樹 前 埼玉県川口市立朝日東小学校長

一人一人の多様性を尊重し、生かす――そうした学校づくりに長く取り組んできた筆者が、これまでのエピソードをつづります。

第9回 おもしろい子

 中学校の校長時代。年末も押し迫った時期に転入生が来ることになりました。1年生の男子生徒で、ずいぶんと遠隔地からやって来ます。教頭先生が窓口で、現在在籍している中学校の教頭先生とやりとりをしてから報告してくれました。普段、温厚な教頭先生が険しい表情で言います。
「こんなことは言いたくありませんが、先方の教頭には腹が立ちます。該当生徒は自閉スペクトラム症を抱えています。知的な課題はないのだけれど、音声チックがひどく、他の保護者から『授業中うるさくてかなわないと子どもが言っている。別室で授業させるとかできないか』と、クレームが入るくらいなのだとか。『正直、転出してもらい助かる』と言うのです。腹が立ちます。子どもを何だと思っているのでしょうか」
この怒りはまっとうです。うちの教頭先生は信頼できると改めて感じました。まず冬休み中にご両親と本人と面談ができるか、調整してもらいました。

校長室にやって来たのは、小柄な男子生徒といささか緊張されている様子のご両親でした。この子との会話が、実に楽しかった。音声チックはあるもののさほど気になりません。趣味の世界の話をする顔は生き生きしています。思わず、「この子はおもしろいですねぇ!」とご両親に言ったとたん、母親がわっと泣きだしたのです。失敗した!軽率な言い方だった! 背中に汗をかきながら謝りました。机に頭を擦り付けて謝罪しました。しかし、父親も慌ててこう言いました。

「校長先生!違うんです。頭上げてください。妻はうれしくて泣いているんです」訳がわからなくなった私に続けてくれました。
「私の仕事の都合で、我が家は何度も引っ越しをしてきました。障がいのあるこの子と妻と3人で生きてきました。小学校も転校を繰り返してきました。そのたびに障がいのことを説明してきました。学校側の反応は……我々にはつらいものでした。『ご苦労されてきたのですね』と、初対面の人から同情されるのは嫌なものです。開口一番、『何かあったら、保護者が学校に迎えに来てくれますね』と言われたこともあります。しかし、校長先生は息子を『おもしろい子だ』と言ってくださった」
母親が泣き笑いの顔で、はっきりとこう言いました。「そうなんです。この子、おもしろいんです!」

第9回のイラスト

若い男性教師に担任を命じました。授業を参観に行くと、ときどき小さな声が漏れています。しかし誰一人、それに反応はしません。担任にきくと、「クラスの子どもたちは、彼を気に入っています。チックのことは説明しましたが『それがどうした』って感じです」うん。どの子も、この担任もおもしろいじゃないか。人間をおもしろがろうと決めた出来事です。

Illustration: こやまもえ 

熊谷 茂樹(くまがい・しげき)

前 埼玉県川口市立朝日東小学校長

1961年生まれ。埼玉県特別活動研究会顧問。埼玉県蕨市・川口市の公立中学校教諭を経て、2005年、川口市教育委員会 指導課指導主事として、国語・特別活動を担当。その後、川口市の公立小・中学校にて教頭、校長を務め、2022年3月に退職。現在、川口市の公立小学校にて初任者研修指導教官を務める。埼玉県内外にて、国語・特別活動・学級経営に関する指導を行う。教育総合誌「教育総合技術」(小学館)で連載「今月の学校経営」を執筆。

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