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通常学級での特別支援教育 第14回

通常学級での特別支援教育

2017年6月8日 更新

川上 康則 東京都立矢口特別支援学校主任教諭

通常学級で特に気をつけたい特別支援教育のポイントを、新任・若手の先生方に向けて解説します。

川上康則(かわかみ・やすのり)

1974年、東京都生まれ。東京都立矢口特別支援学校主任教諭。公認心理師、臨床発達心理士、特別支援教育士スーパーバイザー。立教大学卒業、筑波大学大学院修了。肢体不自由、知的障害、自閉症、ADHDやLDなどの障害のある子に対する教育実践を積むとともに、地域の学校現場や保護者などからの「ちょっと気になる子」への相談支援にも携わる。著書に、『通常の学級の特別支援教育 ライブ講義 発達につまずきがある子どもの輝かせ方』(明治図書出版)、『こんなときどうする? ストーリーでわかる特別支援教育の実践』(学研プラス)など。

第14回 「作戦ゴリラ」

今日のポイント

  • クラスで毎日のように起きるトラブルは、円滑なコミュニケーションのスキルを指導する絶好のチャンスになる。
  • 円滑なコミュニケーションのヒントは、大人の日常から得られる。例えば、誘い上手な人は誘い文句の「引き出し」が多い、断り上手な人は、悪くもないのに「ごめんなさい」と言えるなど。
  • 指導に生かせるかどうかは、教師がアンテナを高く保てるかどうかにかかっている。

クラスでは、毎日さまざまなことが起きます。いや、むしろ起きて当然です。理由は二つあります。

第一に、「同年齢の集まりであり、人生哲学にたけた経験豊富な年長者は、そこにはいない」ということです。社会を構成する力が未熟な状態の人たちが同じ空間にいるわけですから、トラブルが起きても不思議ではありません。

第二に、「そのクラスに自ら望んで所属しているわけではない」ということです。クラス分けは、大人側の都合で行われます。子どもたちは心の中では、「〇組がいい」「Aさんと同じクラスがいい」「B先生が担任するクラスがいい」と思っていても、そのとおりにはならないことを知っています。したがって、帰属意識が希薄な状態(場合によっては、帰属意識がゼロの子もいます)から、クラスづくりをスタートしなければなりません。

意見のぶつけ合い。本音での勝負。自分の主張だけが正しいと思う。加減を知らないがゆえに言いすぎたり、やりすぎたりする……。どれも、未熟で帰属意識が乏しい状態にある子どもたちの社会ならば、ごくごく当たり前に見られることです。

だからといって、トラブルをそのまま放置してよいということにはなりません。円滑なコミュニケーションの具体的な方法を伝えていくのも、年長者たる教師の役割の一つだと思います。

では、円滑なコミュニケーションとは、どのようなものでしょうか。まず、大人の世界におけるコミュニケーションを考えてみます。

誘い上手な人は「〇〇〇〇」が多い

「今日は金曜日だし、ちょっと一杯飲んでいこうか」。大人の世界ではよくある光景です。誘い上手な人は、相手から断られてもめげません。かといって強引に誘うわけではありません。誘い上手な人は、「すぐ近くだから……」「30分だけで……」などと距離や時間のお手軽感を伝えたり、「旬の食材が……」「きみにピッタリのお店で……」と魅力を伝えたりします。
つまり、誘い上手な人は、誘い文句の「引き出し」が多いのです。場合によっては、「今日が無理なら、いつにしようか」と別の日程の予約を入れるという引き出しを使う人もいます。

「行動や言葉の引き出しを増やす」ことが、クラス内の円滑なコミュニケーションにつながるといえます。

断り上手な人は、悪くもないのに「〇〇〇〇〇〇」と言える

誘われた側にも、断り上手な人と断り下手な人がいます。断り上手な人は、「ごめんなさいね。実は今日は……」と、悪くもないのに謝って、その後に理由を告げるようにしています。
断り上手な人は、言われる相手の気持ちを考えて、自分の都合をやんわりと伝える努力をしています。つまり、断り上手な人は、悪くもないのに「ごめんなさい」と言えるのです。

クラスの中には、「オレは悪くない。だから謝る必要がない!」と言い張る子どもがいます。もちろん、そうした主張を通さなければならない場合もあります。そんな気持ちに寄り添いつつ、その一方で、お互いにWIN-WINの関係を保つには、気軽に「ごめん」「ごめんね」と言い合えることも大切にしたいものです。

実践! 「作戦ゴリラ」

大人は上述のようなコミュニケーションスキルを、日常の経験の中から学び取ります。これを、子どもたちにもわかるように、上手に伝えていくアイデアがあります。その名も「作戦ゴリラ」です!

ゴ:「ごめんね」
リ:理由を言う
ラ:相手(または互い)にラッキーな提案を付け加える

これは、自他調和や歩み寄りを大切にする「アサーショントレーニング」にヒントを得て考えたものです。アサーティブな自己表現では、意見や考えの食い違いが起こったときに、お互いの意見を出し合って、譲ったり、譲られたりしながら、双方にとって納得のいく結果を出そうとします。
このような表現のしかたを、子どもたちにも素直に受け入れてもらいたくて、「作戦」という言葉を使い、また、三つのアクションの頭文字を取って「ゴリラ」としてみました(※1)。

画像、作戦ゴリラ

例えば、隣の席の子に消しゴムを借りたいときには……

ゴ:「ごめん、消しゴム貸して」
リ:「今日、忘れちゃって」
ラ:「使ったらすぐに返すから」

頼まれたけれども、その消しゴムを貸せないときには……

ゴ:「ごめんね。貸せないんだ」
リ:「一つしか持っていないし、けっこう使うから」
ラ:「でも、わたしが使っていないときならいいよ」

「作戦ゴリラ」は、これまで、たびたび講演などで紹介してきましたので、実践の輪が広がりつつあります。例えば、荒畑美貴子先生(元 にしみたか学園三鷹市立第二小学校主任教諭)は、これを道徳の授業に実践的に組み込んでご活用されています(実践の詳細な内容は、株式会社内田洋行 教育総合研究所のサイト「学びの場.com」内の「授業実践リポート」で紹介されています)。

授業実践リポート 道徳の特別教科化で求められる「考え、議論する道徳」授業(vol.1)

授業実践リポート 道徳の特別教科化で求められる「考え、議論する道徳」授業(vol.2)


冒頭でも書いたように、クラスでは毎日さまざまなことが起きます。ということは、指導のチャンスはいたるところに転がっているともいえます。結局のところ、クラスで起こったトラブルを、指導に生かして大きな可能性につなげられるのか、それともスルーしてチャンスを逃すのかは、教師がアンテナを高く保てるかどうかで決まるのです。

そのように考えると、やはり教師の役割はとても大きいということです。私は最近、自戒を込めて、「一人の教師、無数の使命(※2)」を座右の銘にするようになりました。

※1 「作戦ゴリラ」は、阿部利彦先生(星槎大学大学院准教授)のご講演にヒントを得たものです。阿部先生は、当時、AKB48の篠田麻里子さんの歌のタイトルをもじった「ごめんね、マリコ」と紹介されていました(「マ」:まず、謝る。「リ」:理由を言う。「コ」:「これならどう?」と提案する)。
※2 前任校の青山特別支援学校からすぐのところに、伊藤忠商事の本社ビルがありました。会社のコーポレートメッセージを「一人の商人、無数の使命」とされていて、すてきだなと思い、「教師」に置き換えています。

次回は、障害のある兄弟姉妹をもつ子の悩みや葛藤について取り上げます。

Illustration: Jin Kitamura


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