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子ども理解の
「そこ大事!」

川上 康則

東京都立矢口特別支援学校主任教諭

子どもたちとの距離を埋めるための大事なポイントを整理して、具体的に解説します。

誰もが「子ども時代」を通ってきたはずなのに、子どもの気持ちが見えなくなるのはなぜでしょうか。それはきっと、大人になるにつれて子どもの頃に抱いていた気持ちとの距離が生まれてしまうからだと思います。教育や子育てでは、子どもをより深く理解することが何より大切だと言われています。本連載では、子どもたちとの距離を埋めるための「そこ大事!」と思えるポイントを整理していきます。

第3回 やる気のない無気力な子ども
――学習性無力感(Learned Helplessness)

2021.06.23

中学校や高校の教室で、ノートを開くこともせず、ただ机に突っ伏し続けるだけという生徒がいます。その背中は、「やる気が起きない」という無気力な状態であることを訴えているように見えます。こうした状態を、アメリカの心理学者マーティン・セリグマンは「学習性無力感(Learned Helplessness)」とよびました。

学習性無力感とは、「自分の行動が結果を伴わないことを何度も経験していくうちに、やがて何をしても無意味だと思うようになっていき、たとえ結果を変えられるような場面でも自分から行動を起こさない状態」のことをいいます。

自分の行動が結果を伴うかどうかを「随伴性」という言葉で表します。セリグマンは、「行動と結果の随伴性が認知できないと、無力感に陥る」ということを明らかにしました。

学習性無力感の状態に陥ると、人は、「次は成功するかもしれない」という期待や、「再度挑戦してみよう」という意欲をもてなくなると考えられています。

学習課題が示されても積極的に取り組めなかったり、無理に何かをさせようとすると苛立ちや拒否の態度をあらわにしたり、情緒不安から警戒心が強くなったり、といった特徴が表面化することが多く見られるようになります。

人は、自分の働きかけに対して何らかの成果が欲しいと思うものです。

行動が結果を伴う経験を「随伴経験」といい、行動が結果を伴わないような経験を「非随伴経験」といいます。「やってみたらうまくいった」という場合は「随伴経験」であり、反対に「やってもうまくいかなかった」という場合は「非随伴経験」になります。

つまり、随伴経験が少ない子どもや、非随伴経験が多い子どもの心の中には、学習性無力感が芽生えやすいといえそうです。

それでは、子どもが学習性無力感に陥るのを防ぐには、どのようにすればよいでしょうか。

一つ目は、「やってみたらうまくいった」という随伴経験を増やすということです。成功体験を積み重ねることが必要なのです。

大人側からの期待値を下げたり、課題の難易度を下げたり、成功の可能性を広げたりする工夫が重要になるでしょう。

ただし、すでに学習性無力感に陥っているようなケースでは、「やってみよう」という意欲すら湧かないところからのアプローチを考えなければなりません。一回誘ったくらいでは、行動につながりません。懇切丁寧な関わりを繰り返し、「この人となら、がんばってみてもいいかな」と、その子が思えるような関係づくりから始める必要があります。

画像、懇切丁寧な関わりによる関係づくりの場面

二つ目は、「やってもうまくいかなかった」という非随伴経験の直後に、一緒にその原因について考え直す習慣を作るということです。

結果の原因について考え直すことを「再帰属」といいます。ミスやエラーの原因を丁寧に分析したうえで、「こうすればうまくできそうだ」という方法を見つけることができたり、「別のやり方で乗り越えられそうだ」と方略を見直すことができたりすると、前向きな気持ちになります。そうした再帰属を後押しする大人や仲間の存在は、あきらめ感や無気力感を軽減させていくのです。

今日の「そこ大事!」

  • 自分の行動が結果を伴わないことを何度も経験していくうちに、やがて何をしても無意味だと思うようになることを「学習性無力感」という。
  • 学習性無力感に陥ると、「次は成功するかもしれない」という期待や「再度挑戦してみよう」という意欲が失われていく。
  • 学習性無力感に陥ることを防ぐには、「やってみたらうまくいった」という経験を増やしたり、「やってもうまくいかなかった」ときに原因について考え直す習慣を作ったりしてみよう。

〈参考文献〉

  • 石毛みどり「学習性無力感」、武藤隆・森敏昭・池上知子・福丸由佳 編(2009)『よくわかる心理学』ミネルヴァ書房、pp.234-235
  • 川上康則(2018)『通常の学級の特別支援教育 ライブ講義 発達につまずきがある子どもの輝かせ方』明治図書、pp.56-59

Illustration: 熊本奈津子

川上 康則

1974年、東京都生まれ。東京都立矢口特別支援学校主任教諭。公認心理師、臨床発達心理士、特別支援教育士スーパーバイザー。立教大学卒業、筑波大学大学院修了。肢体不自由、知的障害、自閉症、ADHDやLDなどの障害のある子に対する教育実践を積むとともに、地域の学校現場や保護者などからの「ちょっと気になる子」への相談支援にも携わる。著書に、『子どもの心の受け止め方』(光村図書)、『〈発達のつまずき〉から読み解く支援アプローチ』(学苑社)など。