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第6回 ネガティブな報告ばかりする子 ――仮想的有能感(Assumed competence)

子ども理解の 「そこ大事!」

2021年10月19日 更新

川上 康則 東京都立矢口特別支援学校主任教諭

子どもたちとの距離を埋めるための大事なポイントを整理して、具体的に解説します。

第6回 ネガティブな報告ばかりする子
――仮想的有能感(Assumed competence)

「ネガティブな報告」はなぜ起きる?

クラスメイトのネガティブな行動や態度を大人に報告しに来る子どもがいます。
例えば、
「先生、〇〇さんが、また□□なことをしています」
「先生、〇〇さんは、まだ□□しようとしていません」
「先生、〇〇さんは、また□□を忘れたそうです」
などのような報告です。私は、このような報告を「ネガティブ報告」とよんでいます。

「ネガティブ報告」は、なぜ生まれるのでしょうか。
「相手がこの場にそぐわない行動をしている」という報告者なりの正義感なのかもしれませんが、こうした報告を真に受けて、教師や支援者が〇〇さんを叱責したり注意したりすると、クラスはどんどん険悪な雰囲気になっていきます。「あちらの子がこの行動で叱られているのなら、こちらの子のこの行動も叱られなければ不公平」という具合に相互監視の色が濃くなり、クラス内の規範や秩序に対する意識のレベルが無意識に上がってしまうからです。

このことが、「間違いや失敗を許さない空気感」につながります。
一方的な正義感の背景にある、「ルールから逸脱している人を見つけました」的なサーチモードのことを、脳科学者の中野信子氏は「裏切り者検出モジュール」とよび、いじめを正当化することにもなりえるとして強く警鐘を鳴らしています。
日常の学校生活の何気ない一コマの積み重ねが、そのクラスの人間関係を大きく方向づけていきます。「ネガティブ報告」が多いクラスは、いじめの「警戒水域」を間もなく超える状態であるといっても過言ではないでしょう。常に意識しておきたい視点です。

「仮想的有能感」がもたらすもの

「ネガティブ報告」をする側の背景には、「他者の行動を気にせずにはいられない」という事情があるようです。その事情を端的に表す言葉が「仮想的有能感(Assumed competence based on undervaluing others)」です。

本来の有能感は、自身の成功体験を通して、比較的、妥当に自己を評価したり、他者から評価されたりしながら得られるものです。
しかし、成功体験がない場合であっても、他者のミスやエラーを見つけたり、ちょっとした差異を細かく取り上げたりすることによって、「アイツはオレよりも下」や「ワタシはあの子よりも上」といった“マウント意識”を働かせて「仮の有能感」をキープすることができます。これが、仮想的有能感です。

速水敏彦氏らが2004年に発表した論文において、仮想的有能感は「自己の直接的なポジティブ経験に関係なく、他者の能力を批判的に評価・軽視する傾向に付随して習慣的に生じる有能さの感覚」と定義されています。これは日本から発信された心理学用語であり、日本の文化的背景があってこその感覚なのかもしれません。
この概念が世に出された時期が、折しもSNS文化の到来とちょうど重なったこともあり、「人は、何かを成し遂げたわけではなくても、誰かを批判したり、軽視したり、見下したりすることで、一定の有能さを維持することができてしまう」という心の裏側への関心は、一気に高まりました。

仮想的有能感の概念を、クラスの日常で起きている「ネガティブ報告」と照らし合わせて考えてみると、報告する側の子どもの心理が見えてきます。

  1. 「先生、普段はこういった行動を叱っていますよね。ぜひ叱ってやってください」という、普段の教師の態度を模倣する“ミニ先生”的思考プロセス
  2. 「私は、逸脱している人を見つけ出しました。手柄を認めてください」という一方的な正義感と承認欲求
  3. 「あの子はこの程度のことでつまずいている。でも私はもうやり終えた。だから私のほうが上」という、他者軽視によって得られる有能さの実感

教師は、「ネガティブ報告」が、無意識のうちに仮想的有能感を生じさせてしまうという危険性を含むことに留意し、何気なく受け止めてしまわないようにすることが大切です。ましてや報告を真に受けて、相手の子どもに叱責や注意を向けることだけは厳に慎まねばなりません。

「ポジティブ報告、待ってるね」

では、仮想的有能感で満たされた子どもたちにしないためには、どうすればよいでしょうか。

私は、「ポジティブ報告」を増やすことが大切だと考えています。「ポジティブ報告」とは、相手のポジティブな行動や態度についての報告をいいます。

「先生、〇〇さんが待っていてくれました」
「先生、〇〇さんが励ましてくれたんです」
「先生、〇〇さんが『一緒にやろう』って言ってくれました」
「先生、〇〇さんが私のことを心配してくれたんです」
こうした報告はうれしいものですし、クラス全体が前向きな雰囲気になります。さらに行為者と報告者を同時に賞賛することができるのです。
「〇〇さんって優しいねぇ。そしてあなたも、報告してくれてありがとうね」
「これからもポジティブ報告、待ってるね」

子どもの心を育てるタイミングは、生活のさまざまな場面に散りばめられています。それを逃さずにキャッチすることが大切です。

今日の「そこ大事!」

  • 人の心には、成功体験の裏づけがなくても、他者を批判したり軽視したりすることによって有能さを感じる「仮想的有能感」がある。
  • 他者のネガティブな部分を報告し合う状況は、間違いや失敗を許さない雰囲気につながりやすく、いじめも助長される。さらに、報告者の「仮想的有能感」を満たしてしまうという危険性もある。
  • ポジティブな報告を推奨し、前向きな雰囲気のクラス作りにつなげていくことが大切。

〈参考文献〉

速水敏彦 著『他人を見下す若者たち』講談社(2006年)

速水敏彦 編著『仮想的有能感の心理学 他人を見下す若者を検証する』北王路書房(2012年)

中野信子 著『ヒトは「いじめ」をやめられない』小学館(2017年)

Illustration: 熊本奈津子

川上 康則

1974年、東京都生まれ。東京都立矢口特別支援学校主任教諭。公認心理師、臨床発達心理士、特別支援教育士スーパーバイザー。立教大学卒業、筑波大学大学院修了。肢体不自由、知的障害、自閉症、ADHDやLDなどの障害のある子に対する教育実践を積むとともに、地域の学校現場や保護者などからの「ちょっと気になる子」への相談支援にも携わる。著書に、『子どもの心の受け止め方』(光村図書)、『教室マルトリートメント』(東洋館出版社)、『〈発達のつまずき〉から読み解く支援アプローチ』(学苑社)など。

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