漢字のギモン Q&A
2026年4月20日 更新
菊地 恵太 東北大学大学院 准教授
漢字に関する素朴な疑問、目からうろこの豆知識など、日々の授業にも参考になる情報をQ&A形式で解説します。
同じ漢字なのに、辞典によって部首が違うことがあります。どうしてですか?
まずは部首の歴史から簡単に見ていきたいと思います。「部首」というのは漢字を字形によって分類・整理するための共通のパーツ、と考えて良いかと思いますが、中国で初めて部首による漢字の分類が生まれたのは後漢の2世紀初め頃、許慎という学者が編纂した『説文解字(せつもんかいじ)』という字書です。ここでは540種類もの部首を設け、全ての漢字をいずれかの部首に配属させていました。
これ以降、中国では部首分類による字書がいくつも編纂されてきましたが、そもそも部首の分け方や並べ方は歴史的に見ても統一されているわけではありません。その中で、明の時代に編纂された『字彙(じい)』(1615年)は、従来の部首を214種類に整理し、初めて部首を画数順(1画「一」から17画「龠(ヤク)」まで)に並べて引きやすくした字書でした。その後、清の康煕帝(こうきてい)の勅命で編纂された『康煕字典(こうきじてん)』(1716年)は、部首を一部並び替えているものの『字彙』の214部首を引継ぎ、以後これがだいたい標準的な部首として定着するようになります。
さて、現代の漢和辞典の凡例を見ると、この『康煕字典』の部首を基に漢字を分類しているものが多いようです。ただ、『康煕字典』は清の時代の中国の字書ですから、現代日本の漢字の実情にはうまく合わない面も出てきてしまうのです。
特に、日本では戦後の国語改革・漢字制限の一環として、公文書や新聞など社会一般で用いる「当用漢字」1850字が定められたのですが(「当用漢字表」1946年)、1949年の「当用漢字字体表」で、明治時代以来活字で使用されてきた形(字体)とは異なる形の漢字が多く正式に採用されました(※1)。その中には『康煕字典』に載っていなかった字体もあり、そのような漢字をどの部首に配属させるのか問題になることがあります。
例えば「営」という字は、『康煕字典』では「營」という形で載っており、近代の日本でも「營」が正式な字体と見なされていました(※2)。『康煕字典』で「營」の部首は「火」とされていましたが、当用漢字では「営」が正式な字体になったので、部首だった「火」の部分が消えてしまったわけです。
それでは、現在刊行されている漢和辞典がどうなっているかというと、『康煕字典』に存在しない「⺍」という部首を新設する辞典が多いようで(大修館書店『新漢語林』、Gakken『漢字源』、小学館『新選漢和辞典』など)、日本漢字能力検定(漢検)もこの部首を採用しています。漢検で「⺍」の部に配属されている漢字は、「厳」「単」(←嚴・單[口部])「巣」(←巢[巛部])と、いずれも『康煕字典』での部首だった部分が消えてしまった漢字です(※3)。
一方、新しい部首を設けずに、既存の部首である「口」部に所属を替えている辞典もいくつか見られます(KADOKAWA『角川新字源』、三省堂『全訳漢辞海』『新明解現代漢和辞典』)。これらの辞典では、「厳」は「攴󠄀(攵)」部、「単」を「十」部、「巣」を「木」部に分類しています。

このように部首の分類や配属方法は、辞典の編纂者や出版社によって方針が違っていると言えます。部首の問題については、次回お話ししたいと思います。
【参考リンク】
◆国立公文書館デジタルアーカイブ
説文解字(日本で江戸幕府の昌平坂学問所が刊行したもの)
字彙(明の刊本)
康煕字典(清の刊本)
◆文化庁
当用漢字字体表
- 後に「常用漢字表」(1981年告示、2010年改定)。当用漢字・常用漢字で正式に採用された字体を「新字体」、それより前(近代以降)に正式とされていた字体を「旧字体」と通称しています。(例:佛→仏、國→国、體→体)
- 「営」という字体も古くから使われてはいたのですが、中国の字書には載っていません。
- 「漢字ペディア」
菊地 恵太(きくち・けいた)
東北大学大学院 准教授
1991年生まれ。東北大学大学院文学研究科博士後期課程修了。主な研究は、文字・表記史。特に、日本における漢字字体・異体字の変遷、漢字の部首分類・部首配属など。著書に、『日本略字体史論考』(武蔵野書院)など。
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