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スペシャルインタビュー 松田奈那子「ただいま、おやすみ」

「飛ぶ教室」のご紹介

2016年11月4日 更新

「飛ぶ教室」編集部 光村図書出版

児童文学の総合誌「飛ぶ教室」に関連した企画をご紹介していきます。

スペシャルインタビュー 松田奈那子「ただいま、おやすみ」

「飛ぶ教室」第47号には、松田奈那子さんが描いた絵本「ただいま、おやすみ」が掲載されています。主人公の「ぼく」の冒険心がたっぷり描かれた「帰り道」のお話です。
今回は、この作品の制作秘話や松田さんの絵本観などについてうかがいました。

松田奈那子 まつだ・ななこ

1985年北海道生まれ。画家、絵本作家。絵本『いろがみ びりびり ぴったんこ』『みつけてくれる?』『やさい ぺたぺた かくれんぼ』『うたのすきなねこ ララとルル』『ちょうちょ』(江國香織 文)ほか。

そのときの感覚や空気を描きたい

今回の特集が「行き帰りの道」ということで、絵本も「行き帰りの道」をテーマに描いていただきました。松田さんはこのテーマを聞いたとき、何を思われましたか?

松田 まずはいくつか自分自身の行き帰りの道を回想しました。私、北海道出身なんですが、特に中学までの雪道を思い出しましたね。私の家は中学校から結構遠くて自転車登校だったんですが、雪の降る冬場は自転車では通えない。なので、田舎道の雪景色がただただ続く中を、1時間近くかけて歩いて通っていたんです。その景色は今も変わりませんが、あの時間や空気というものは、中学生のそのときにしか味わえないもので、思春期の揺れていた気持ちもフラッシュバックしました。

画像、「飛ぶ教室」
カラフルな積み木の絵から始まる「ただいま、おやすみ」。(「飛ぶ教室」第47号、p49)
画像、松田奈那子
「ただいま、おやすみ」の原画を前にお話ししてくださる松田奈那子さん。

ふだん絵本を描いているときにも、同じような経験がありますか?

松田 絵本を描いていると、小さい頃のことをいろいろと思い出します。記憶って、匂いやその場の空気と強く結びついているじゃないですか? なので、その頃のことを思い出したり、懐かしい匂いが鼻先をかすめると、その時の空気に包まれたようになって、胸がぎゅっとします。何年経っても、その場のことは感覚とともにリアルに思い出せるもんなんだと思いますね。

そのような感覚や空気というものは、松田さんの絵にも表れますか?

松田 そうですね。私が絵を描くときは、本物の色に縛られたくないと思うんです。風景を描くとしても、実際の色ではなく、そのときの感覚に近い色を使います。色だけでなく形も、かなりデフォルメする場合があります。いつも、自分がそのとき感じたままを伝えられることを意識していますね。絵にしかできない表現って、そこにあると思うので。
今回の「ただいま、おやすみ」でも、植物の緑はより鮮やかな緑にとか、もじゃもじゃ道のところは、あやしげな紫色を使ってちょっと怖さを出してみたりしました。そういった感覚を伝えられたらと思います。

今回の絵本では、コラージュも印象的です。段ボール紙や紐という素材を使われていますね。

松田 はい。これまではコラージュといっても、紙を貼るくらいだったんですけど、今回はちょっと質感が異なるものを用いてみました。絵画でボタンを使ったりしたことはありますが、絵本では初めてのことです。今回は現実の物を絵の中に取り入れることで、空想と現実のアンバランスさを出したかったというのはありますね。

絵画のお話が出ましたが、松田さんは画家と絵本作家の両方の肩書をおもちです。絵画制作と絵本制作での違いはどのようなところにありますか?

松田 うーん、やっぱり絵画は「自分」を意識する割合が大きいです。見てくれる人への意識よりも、とにかく主観で制作します。逆に絵本は、見てくれる人への意識の割合が大きいですね。

そんな絵画制作と絵本制作では、何か結びつくものもあるのでしょうか?

松田 あります。絵本を描いているときに、このシーンを絵画でもうちょっと描き込んでみたいと思ったりします。逆に、絵画をやっていると、その一枚の絵から物語を膨らませて絵本にしたいなと思うこともある。絵画から絵本へは結構ありますね。

「描きたい絵」が絵本づくりのきっかけ

「ただいま、おやすみ」は、16ページ。普通の単行本に比べると少ないページの作品です。ふだんの絵本づくりと勝手が違うなどありましたか?

松田 もじゃもじゃ道のページは、この絵本の短いページ数ならではで、ぎゅっと詰め込みました。普通の絵本のページ数だったら、このページは何ページかを割くところですが(笑)。そのあたりがつくっていても、面白かったです。

いちばん描き込んで気に入っているのは、いろんなもので散らかっている部屋を描いた最後のページですね。このページは、ラフのときから早く描きたかったページです。

画像、松田奈那子
お気に入りのページの原画を手に。
(「飛ぶ教室」第47号、p62-63)

描きたいページってあるんですね。

松田 そうですね。絵本『ちょうちょ』(江國香織 文/白泉社)のときも、ちょうちょがたくさん飛んでいるページを描きたくて、そのためのお話をつくった感じです。そういう描きたい場面が思い浮かぶと、一気にやる気が出るというか(笑)。

もともとは絵画を先にやっていたので、絵から浮かんでくるというか、物語はあとからついてくるような感じです。もちろん、テーマはぼんやりとはあるんですが。

『ちょうちょ』のときにも絵本をつくりたいという思いがまずあって、でもどういうふうにつくっていいか分からず、小さい頃から読んでいた絵本を読み返したんです。でも、読めば読むほど分からなくなって。それで、あえて一回離れて、ちょっとぼんやりした。そうしたら、ふと、「ちょうがたくさん飛んでいるシーンを描きたい!」というのがきたんです。

松田さんにとって、描きたいシーンが絵本づくりのきっかけになるんですね。一度考えることから離れたときにアイデアがやってくるというのも面白いです。

松田 そういうことは多いですね。今回の「ただいま、おやすみ」も、「行き帰りの道」という結構狭いテーマだったので、実は最初むずかしかったんです。先にお話ししたように、いろいろなことが回想されましたけど、経験の中での「行き帰りの道」のイメージに縛られそうだったので、一回離れようと意図的に思いました。そうしてもう一回考えたときに、「遊び」「冒険」というフレーズが浮かんで、そこから膨らませていきました。苦しかったですけど、そうやってつながった瞬間はやっぱり楽しいし、嬉しいですね。

もうこれ以上考えられないまで考えた後の休憩が、いい結果につながっていく。そんな気がしています。

画像、松田奈那子

そうすることで、描きたい絵やアイデアが浮かび、松田さんならではの作品になっていくんですね。ところで、松田さんは現在海外にお住まいですが、日本を離れることで作品に影響はありましたか?

松田 私自身が変わったというか、楽になったというか、縛られていたものが解かれたという感覚はありますね。これまで外国に住むということがなかったので、初めは文化もなにもかも違うというショックがあったんですが、それはいいショックでした。人生の中である程度形になっていたものが一回壊された。そういったことが、制作にとってもいい影響を与えていると思います。

今年11月発刊の絵本『こびん』(風濤社)は、手紙が入った小瓶が旅する物語で、いろんな国が出てくるお話なんです。この企画は日本にいるときからあったものですが、そのときの自分には大きすぎた。ずっと描きたいと思うテーマではあったんですが、まだ自分には描けないと思っていたんです。でも、海外に住んだことで背中を押された感じです。日本に住んでいるときよりも、世界が近いと思えたことが大きいですね。それまで、テレビとかを通して知る世界はとても遠くて自分には関係ないという感覚がどうしてもあったんですけど。今は、近さを感じ、「違うけど、違わない」という感覚があります。今の自分にしか描けないなと思えて描くことができました。

11月刊行の『こびん』もとても楽しみです。ありがとうございました。

「飛ぶ教室」47号の内容は、こちらからご覧いただけます。

飛ぶ教室 第47号(2016年秋)

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