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通常学級での特別支援教育 第6回

通常学級での特別支援教育

2016年10月11日 更新

川上 康則 東京都立矢口特別支援学校主任教諭

通常学級で特に気をつけたい特別支援教育のポイントを、新任・若手の先生方に向けて解説します。

川上康則(かわかみ・やすのり)

1974年、東京都生まれ。東京都立矢口特別支援学校主任教諭。公認心理師、臨床発達心理士、特別支援教育士スーパーバイザー。立教大学卒業、筑波大学大学院修了。肢体不自由、知的障害、自閉症、ADHDやLDなどの障害のある子に対する教育実践を積むとともに、地域の学校現場や保護者などからの「ちょっと気になる子」への相談支援にも携わる。著書に、『通常の学級の特別支援教育 ライブ講義 発達につまずきがある子どもの輝かせ方』(明治図書出版)、『こんなときどうする? ストーリーでわかる特別支援教育の実践』(学研プラス)など。

第6回 支援の空回りを防ぐ

今日のポイント

  • 支援が必要な子を褒めることは決して間違っていないが、その子だけを褒めると周囲の子どもたちが「あの子だけずるい」という気持ちを感じる。
  • 「集団心理」や「同調圧力」についての理解がないまま、個別的な支援を続けていくと、時に、「正義の名のもとに行われるいじめ」につながることもある。
  • 子どもたちは、先生の「在り方」を見ている。どうすればうまくいくかという「やり方」にこだわるのではなく、すべての子どもとの個々のパイプを築くようにする。

クラスに、支援が必要なAくんがいるとします。校内でのケース会議(「特別支援教育校内委員会」とよばれることもあります)などを経て、Aくんへの個別の支援の方向性が明確になってきました。「Aくんをもっと褒めてあげたほうがよい」そんなアドバイスを受けて、今までの指導を反省しつつ、細かいことでも褒めていくようにしました。
褒めると確かにAくんの行動に落ち着きが出てきました。こうして個別的な関わりにちょっとばかり自信がもてたころ、別の新たな課題に直面します。周囲の子どもたちのジェラシーです。注意すると、「どうしてAくんはいいのに、オレたちばっかり叱られるわけ?」「なんでわたしだけ?!」と反発が大きくなります。

こうなってしまうと、クラス全体が落ち着かなくなります。しっかりした子たちもつまらなくなって、心が離れていきます。誰かが褒められると、「あの子ばかりずるい」「オレは認めてもらえない」という気持ちを抱く子が増えていきます。誰かが叱られれば「ざま見ろ」「いい気味だ」と小声でつぶやく子が出てきます。

人は、一人のときと集団になったときとで違う思考回路が働くものです。集団になると自分の言動に対する責任が薄れていくことが少なくありません(例えば、「オレだけじゃないのに!」「アイツだってやっている」など)。これを「集団心理(群集心理)」とよびます。
また、集団内には、気づかぬうちに、まるで伝染するかのように、多数意見になんとなく合わせなければならないような無言の圧迫感が広がることがあります。これを「同調圧力(ピア・プレッシャー)」といいます。

画像、つながり

こうした事実を理解しないまま、Aくんを褒めるという個別的な支援を続けていくと、時に「正義の名のもとに行われるいじめ」が起きます。同調圧力が生まれるのは、基本的に圧力を放つ側が「自分たちこそ正しい」と信じているからです。「Aは、強く非難されてもしかたのない存在だ。先生が叱らないのであれば、オレたちが言動を正すのが当然だ」という気持ちでAくんに強く関わるようになるのです。Aくんの周囲は、当然のことながら正義の行動のつもりです。そこを叱れば、「先生はオレたち・わたしたちの気持ちを全くわかってくれない」となっていくであろうことは想像に難くありません。こんなに嫉妬が広がったクラスで「Aくんのことをわかってあげようね」などと共感を求めても、空回りするだけです。

実は、通常学級での特別支援教育は、Aくんだけを考える支援ではいけないのです。周りの子どもたちが、先生の「在り方」をどう見ているかも含めて考えなければ成立しません。特定の子どもの支援よりも先に、子どもたち一人一人とコミュニケーションのパイプを築くことができているかを大切にしましょう。

次回は、「切り替えが難しい子」の背景と指導について考えます。

Illustration: Jin Kitamura


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