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通常学級での特別支援教育 第15回

通常学級での特別支援教育

2017年7月5日 更新

川上 康則 東京都立矢口特別支援学校主任教諭

通常学級で特に気をつけたい特別支援教育のポイントを、新任・若手の先生方に向けて解説します。

川上康則(かわかみ・やすのり)

1974年、東京都生まれ。東京都立矢口特別支援学校主任教諭。公認心理師、臨床発達心理士、特別支援教育士スーパーバイザー。立教大学卒業、筑波大学大学院修了。肢体不自由、知的障害、自閉症、ADHDやLDなどの障害のある子に対する教育実践を積むとともに、地域の学校現場や保護者などからの「ちょっと気になる子」への相談支援にも携わる。著書に、『通常の学級の特別支援教育 ライブ講義 発達につまずきがある子どもの輝かせ方』(明治図書出版)、『こんなときどうする? ストーリーでわかる特別支援教育の実践』(学研プラス)など。

第15回 「きょうだい児」の理解

今日のポイント

  • 障害のある兄弟や姉妹がいる人には特有の悩みや葛藤があるといわれ、「きょうだい」や「きょうだい児」の課題として研究されている。
  • 「きょうだい児」への支援は、学校現場ではほとんど話題にされていない。
  • 「きょうだい児」が、生涯にわたって自分の人生を楽しみ、積極的に生きていけるためには、障害のある兄弟姉妹の存在をプラスと捉えることができるかどうかが鍵となる。その前向きな姿勢を支えられるのは、身近にいる、気持ちを理解し、信じられる人だけである。

障害のある人や難病などで長期にわたって闘病している人の兄弟や姉妹を、「きょうだい」あるいは「きょうだい児」とよぶことがあります。「きょうだい児」に関する研究は1970年代から始まり、彼らには特有の悩みや葛藤があり、ストレスを抱きやすい傾向があるという指摘がされています。

画像、きょうだい児

特有の悩みや葛藤とは、例えば、以下のようなことが挙げられます。

  • 障害がある兄弟姉妹が優先で、自分のことが後回しにされてしまう。
  • 「私だってかわいがってもらいたい」という気持ちを抱きながらも、その気持ちを素直に出せない。
  • 構ってもらえず、保護者の視線を常に確認しながらふるまう。
  • 愛情を十分に注がれていたとしても、「ちょっと待ってて」と言われると、やはり二番手・三番手なのだとつい感じてしまう。
  • 家族に大変な思いをさせないようにと「いい子でいなければいけない」と感じる。ただ、そのことに本人も気がついていないこともある。
  • 「どうしてお姉ちゃんは〇〇できないの?」や「おまえの弟には障害があって……」など、学校や校外で兄弟姉妹の障害を理由とした「いじめ」にあう。
  • これらの苦悩を共有できる友との出会いがほとんどなく、人知れず我慢していることがある。

思春期に入ると、保護者の無言の期待を理解し始めるようになったり、交友関係が広がったりします。この時期には、将来を見据えた不安が加わることがあります。

  • 自分らしく生きたい、でも、障害のある兄弟姉妹の世話は、親亡き後は自分がしなければならないのではという「義務感」のような気持ちを抱く。
  • 自分という存在に悩む。「もしかしたら、自分は兄弟姉妹の面倒を見るために生まれてきたのではないか?」とか、「やりたいことができず、犠牲になるのか?」といった気持ちになることもある。
  • 兄弟姉妹に優しくしているだけで、「この子のこと、頼むわね」とか「あなたのおかげで将来は安心ね」などと言われることがあり、プレッシャーに押しつぶされそうになる気持ちを抱いてしまう。
  • 決して縛られているわけではないが、「見えない鎖」があり、そこから心情的に抜け出せない。
  • 周りから「もっとあなたらしく生きればいい」と言われても、「そんな簡単なことじゃないんだ!」と否定したい気持ちをつい抱いてしまう。
  • 自分の宿命のようなものに悩み、反発心から非行に至るケースもある。
  • 恋愛や結婚に影響するのではないかという不安を抱き、兄弟姉妹のことを恋人や友達になかなか打ち明けられなかったというケースも少なからずある。

彼ら「きょうだい児」には、誰も悪くないからこそ、自分の苦悩を誰にもぶつけられないという心理的な背景があるようです。だからこそ、互いに共感できる、同じ境遇の仲間の存在が必要なこともあります。同じ立場の人どうしが、互いに理解し、支え合うことを「ピア・カウンセリング(peer counseling)」とよびます。

ここまでは、主に「きょうだい児」の苦悩を取り上げてきましたが、その一方で、障害の有無に関わらず兄弟姉妹のことを前向きに受け止められる「きょうだい児」もいます。筆者の同僚や知人には、「障害のある兄弟姉妹がいたことがきっかけで、この仕事に就くことを目ざした」と話す特別支援教育や障害者福祉の関係者がいます(詳しく話を聞いてみると、「障害がある兄弟姉妹がいてよかった」という人もいれば、「過去にひどいことをしてしまったので、罪滅ぼし的な気持ちから目ざした」という人もいました)。

「きょうだい児」が、生涯にわたって自分の人生を楽しみ、積極的に生きていけるためには、障害のある兄弟姉妹の存在をプラスと捉えることができるかどうかが鍵となります。前向きな姿勢を支えられるのは、身近にいる、気持ちを理解し、信じられる人(教師・保護者・友人・先輩・友人の親など)だけです。私たち教師は、その役割を果たせているでしょうか。


あらためて、この連載のテーマは通常学級での特別支援教育ですが、特別支援教育は、いわゆる障害がある当事者だけが支援の対象というわけではありません。今回取り上げた「きょうだい児」のように、家族としての課題に気づいてほしいケースがあります。また、兄弟姉妹に障害があり、自身にもADHD(注意欠如多動症)やLD(学習障害/学習症)やASD(自閉スペクトラム症)、DCD(発達性協調運動症)などの発達障害がある「きょうだい児」もいます。

「きょうだい児」への理解や支援は、学校現場ではほとんど語られていないのが現状です。その要因の一つとして、兄弟姉妹の学びの場が心理的・物理的に離れていることが考えられます。特に、特別支援学級や特別支援学校に兄弟姉妹が通学している場合は、その担任教師と「きょうだい児」との接点が極めて少ないため、心理的な側面がなかなか見えにくいところがあります。

彼ら「きょうだい児」が抱きがちな不安は、生涯にわたって続きます。周囲の関係者一人一人が理解者となるのはもちろんですが、例えば、障害理解の授業の実施や、通信の発行、先輩「きょうだい児」から学ぶ機会の設定など、特別支援学級や特別支援学校が学齢期・思春期の「きょうだい児」を支えるシステムを積極的に打ち出していくことも必要なのではないかと考えています。

次回は、「ルールを守ることにこだわりを示す子」への指導について考えます。

Illustration: Jin Kitamura


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