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通常学級での特別支援教育 第38回

通常学級での特別支援教育

2019年7月22日 更新

川上 康則 東京都立矢口特別支援学校主任教諭

通常学級で特に気をつけたい特別支援教育のポイントを、新任・若手の先生方に向けて解説します。

川上康則(かわかみ・やすのり)

1974年、東京都生まれ。東京都立矢口特別支援学校主任教諭。公認心理師、臨床発達心理士、特別支援教育士スーパーバイザー。立教大学卒業、筑波大学大学院修了。肢体不自由、知的障害、自閉症、ADHDやLDなどの障害のある子に対する教育実践を積むとともに、地域の学校現場や保護者などからの「ちょっと気になる子」への相談支援にも携わる。著書に、『通常の学級の特別支援教育 ライブ講義 発達につまずきがある子どもの輝かせ方』(明治図書出版)、『こんなときどうする? ストーリーでわかる特別支援教育の実践』(学研プラス)など。

第38回 衝動的に人のものに触ってしまう子

今日のポイント

  • 他者の物に勝手に触ったり、持って行ったりする子の背景には、ワーキングメモリ・実行機能・ボディイメージなどのつまずきが関係していることが多い。しかし、これらに直接的にアプローチする指導は、通常学級の授業の中では極めて難しい。
  • その一方で、日常の生活指導場面で行われがちな「勝手に人の物をとることは犯罪だ」「とられた相手の気持ちに立って考えなさい」「次に人の物に手を出したら、教室から出ていってもらう」などの指導は、ほとんど効果がない。
  • ポイントは、子どもの実態に合わせて指導内容をスモールステップ化することである。今回は、行動の改善のための具体的な九つのステップを紹介する。

クラスの中には、衝動的に人の物に触ったり、勝手に持って行ったりする子がいます。

「勝手に持って行ってはいけない」と指導すると、確かにその瞬間はわかってくれるのですが、しばらくすると再び手に取ったり、持って行ったりしてしまう場面を見かけることがあります。

画像、言葉よりも先に手が出る子

このような行動の背景には、以下のことなどが関係しています。

  • 「ワーキングメモリ」のつまずきのために、すぐに忘れてしまうこと。
  • 「実行機能」のつまずきがあり、自分の衝動的な行動に気づけていないこと。
  • 「ボディイメージ」のつまずきが原因で、腕や手の実感が乏しいこと。

「ワーキングメモリ」や「実行機能」を高めることも、「ボディイメージ」を育てることも、とても大切です。しかし、これらのつまずきの原因に直接的にアプローチするやり方は、通級指導のような個別または小集団での指導だからこそ効果を発揮することが多く、これらを通常学級の教育課程に位置づけることは現実的には難しいといわざるをえません。

そこで、今回は、通常学級の日々の指導の中で可能なことを整理しておきましょう。

「明確で具体的なスモールステップ」が指導のポイント

他者の物に勝手に触らないための指導は、九つのステップで完成します。子どもの実態に合わせて、どこからスタートするかを考えながら活用してください。

ステップ1 事前に大人どうしで以下のことを共通理解しておく

(1)「盗み」ではなく「適切な行動の未学習とエラー」ととらえましょう。つまり、適切な行動が身につくまで丁寧に教えれば改善できます。長期戦の構えで取り組みましょう。

(2)道徳的な指導(勝手に人の物をとることは犯罪だ)、情緒的な指導(とられた相手の気持ちに立って考えなさい)、脅迫的な指導(次に人のものに手を出したら、教室から出ていってもらう)などは、ほとんど効果がないことを知っておきましょう。

ステップ2 指導の意図を子どもに説明する

「教室でのよりよい過ごし方を勉強するよ」と子どもに伝え、納得させましょう。

ステップ3 弁別学習をする

誰の許可を得なくても触ってよいもの、誰かの許可が必要なものを区別できるか、確認してみましょう。案外、これがわかっていないことがあります。

  • 許可なしで触ってよいもの……全員が共用するもの、例えば教室に貼ってある献立表など。
  • 許可が必要なもの……自分以外の人の筆記用具、先生が準備した教材、自分以外の係の仕事の物など。

ステップ4 許可が必要なものについて、「触ってもいいですか」と尋ねる学習をする

これは教室だけでなく家庭などでも普段からやっておくとよいでしょう。あえて「これは触ってはいけないよ、触るには大人の許可が必要だよ」と、特定の物を設定しておきます。そして、「触っていいですか?」と尋ねることができたときには、「そうだね。ちゃんときけたね。でも触ってはいけません」としっかり褒めてあげてください。

ステップ5 相手の返事を待つ学習をする

「触ってもいいですか?」ときけたとしても、すべてに相手からの返答があるわけではありません。返事を待ったり、もう一度聞き直しをしたり、時間を空けてからリトライしたりする練習をします。これも、普段からやっておくとよいでしょう。あえて返事をしないでみる場面を意図的につくり、そのときに待てるかを確認します。

ステップ6 相手に感謝の意(ありがとう)を伝える練習をする

(1)許可を得た後に、何も言わずに持っていくわけにはいきません。物を受け取ったところで「ありがとう」を伝えるよう、何度も学習します。相手に聞こえる声でさわやかに言うことがポイントです。大人が普段から見本を見せておくことも大切です。
(2)できれば、「3分で返すね」「10秒だけでいいから見せてもらえる?」「使い終わったらすぐに戻すね」など、おおよその時間や目安を言えるようになると、相手に誠意が伝わります。

ステップ7 返すときの学習をする

物を使ったら、優しい返し方をしないと、相手は不満を抱きます。物の渡し方は、普段から繰り返し練習しておくことが大切です。

ステップ8 「許可しない」「ダメ」と言われたときの、気持ちの切り替えの学習をする

実際には、どんなに丁寧に伝えても、触らせてもらえない、貸してもらえないことはあります。「まあいいか」とか「しかたないね」などの切り替え言葉を使えるようにしておくよう、練習が必要です。

ステップ9 「許可なく触った場合」と「許可をもらってから触った場合」の違いを理解する学習をする

どちらがよいかを言えるようにしておきます(初めのうちは、その理由まで言うことは難しいかもしれません)。その場にふさわしい行動をとると、よい人間関係につながるという見通しをもてるようにします。


指導のステップを細かく具体的にしていくと、「他者の物に勝手に触らないでいる」ということは、実はさまざまな認知・判断・社会スキルの複合体だといえそうです。指導の際は、「より丁寧に、より具体的に」を心がけてください。

次回は、“HSC”感受性が強く、人一倍繊細な子について取り上げます。

Illustration: Jin Kitamura


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