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Story 2 「かっこいい」絵画とは何か

――平成24年度版の中学校国語2年に「君は『最後の晩餐』を知っているか」という評論を書きおろしていただきました。

布施 英利(芸術学者・批評家)

レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた 「最後の晩餐」 は,イタリアのミラノにあるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の食堂の壁画です。僕は,初めてこの絵の前に立ったとき,なぜか「かっこいい。」と思った。この教材には,その衝撃がどこからきているのかを書きました。

――「かっこいい。」とは,どういうことだったのですか。

それはただ直感というのか,芝居の舞台で,幕がパッと上がった瞬間と似ています。修道院の食堂に入った瞬間に,「わっ」,「かっこいい」,という感じでした。理屈ではなく,名画が直接心に与える衝撃とでもいうのでしょうか。

まず,高さ4.2メートル,幅9.1メートルという巨大な空間が,遠近法による奥行きを伴って迫ってきます。さらに,手前には,真っ白い布がかかった9メートルぐらいあるテーブルが,真横にバーンと伸びています。奥行きだけでなく,横の広がりと白いテーブルクロスが迫力を加えているんですね。すごく大胆な構図です。

――遠近法が重要な役割の一つを果たしているんですね。

レオナルドは,遠近法,明暗法,解剖学という,空間・光・人体の科学を駆使してこの絵を描いています。まさに「科学が生み出した新しい芸術」ということができるでしょう。
遠近法については,教科書の挿絵でも示したのですが,天井の格子模様や,キリストの手から肩の線,左右の人物の顔や手の位置といったポイントをつないでいくと,キリストの顔に集まります。奥に向かって一点に集まる「消失点」といわれるところ,それがキリストになっているんです。
実は,キリストのこめかみのところに釘の痕が残っています。その釘から放射状に糸を張って,全体を描いていたんですね。

一般的に絵というと,ゴッホなんかのイメージがあって,感情のままに描く絵を思い浮かべる人が多いと思います。ゴッホだって感情のままじゃなくて,かなりいろいろな技術を使ってはいるんですけども,でもそういうイメージがありますよね。それに対して,レオナルドの絵は,ほとんど設計図を描いているような感覚だと思います。そういった"秩序の世界"が,かっこいいんです。

――明暗法は,どのような効果を生み出しているんですか。

「最後の晩餐」の絵の中では,右側の壁に光が当たり,白く輝いていますが,これは,実際に食堂の窓から差し込む光の方向と同じなんです。そのために,食堂の壁に描かれた絵にもかかわらず,壁の奥にもう一つの部屋があって,まさにそこで最後の晩餐が開かれているように見えるんです。
このような明暗法による効果も,先ほどの遠近法と相まって,絵と現実の部屋をつなげて見せ,幻の空間を生み出しています。かつてここは修道院の食堂でしたから,食事をしている修道士は,いつもキリストと同じ世界に入り込み,神の存在を体感できる場所になっていたんですね。

――解剖学は,この絵のどんなところに影響しているんでしょうか。

布施 英利(芸術学者・批評家)

それは,13人の手です。
「この中の誰かが,私を裏切った。」
キリストのこの言葉に対して,弟子たちの心が揺れ動いています。それが顕著に表れているのが"手"です。驚き,失意,動揺,とまどい,怒り…,ナイフを持った手はきっと何かを暗示しています。横から見た手,前から見た手,曲げている指など,いろいろな角度から見た手が描いてあって,まさに「手のポーズの見本帳」みたいでしょう。
「最後の晩餐」に限りませんが,レオナルドは手を描く達人だったんです。ほかに手を描いた名品といえば,ルーブル美術館にある 「岩窟の聖母」 でしょうね。レオナルドの絵は,どれも手を描くお手本になりますよ。
レオナルドが,なぜこんなに手の描き方がうまいかというと,やはり解剖をやって,筋肉や骨格の仕組みがきちんとわかっていたからなんです。
解剖しながら,指を引っ張って動きを確かめたり,あるいは自分の手もじっくり観察したりして,腱とか骨とか筋肉の動き方を解剖図にしっかり描いている。それが「最後の晩餐」に結実したのです。

これは余談ですが,レオナルドって,なんだか暗い人っていうイメージがあるんですけど,この演劇的ともいえる身ぶり手ぶりを見ていると,やはり陽気なイタリア人的気質をすごく感じますね。

――レオナルドは,まさに布施さんのご専門である美術解剖学のさきがけだったんですね。

美術解剖学だけでなく,あらゆる科学の祖といってもいいんじゃないでしょうか。
レオナルドが死んだのは1519年です。しかし,アンドレアス・ヴェサリウスという人が書いた,近代解剖学の始まりといわれる『人体の構造』が出版されたのが1543年。コペルニクスが『天球の回転について』を著し,地動説を唱えたのも同じ1543年。どちらもレオナルドが死んだ後なんです。
つまり,レオナルドは,まだこうした近代科学が始まる前の人だったにもかかわらず,解剖学をはじめとして,さまざまな科学的なデッサンをいっぱいノートに残して,科学的な真実を突き止めていた人だったんですね。

――さて,話が戻りますが,他に布施さんが「かっこいい」と思われた絵画はありますか。

ピカソの 「アヴィニョンの娘たち」 もそうですし,名作といわれているものは,みんなかっこいいですよね。アンディ・ウォーホールも,すごくかっこいい。見た瞬間,何か「やってくれたな」っていう感じのすごさを感じます。

――そのかっこよさに共通するものは,何なのでしょうか。

「何かと戦って,勝っている」という感じなのかもしれないですね。
もともと美術や文学,音楽などといった芸術というものは,世の中の中心とされている政治とか経済に対してアンチなものなんです。そういう反逆の精神とか,もう一つの違う価値観,違う世界観を打ち立てようとするものなんだと思うんです。

――それが先生のお考えになる芸術の役割ともいえるんでしょうか。

そうですね。いかに政治や経済がしっかりしていて,世の中が平和になって,金銭的に豊かになったとしても,いずれは硬直化する繰り返しが歴史です。硬直化したときに,もう一つ違う発想が求められるところがあって,それが芸術の役割なんだと思いますね。
レオナルドも,もしかしたら中世を支配していたキリスト教に対して,絵画の言葉でいえば空間とか形とか,そういった科学的なものをもち込んで,違う世界を提示したかったのではないでしょうか。


布施 英利 [ふせ・ひでと]

芸術学者・批評家。1960年,群馬県生まれ。東京藝術大学大学院修了後,東京大学医学部助手などを経て,現在,東京藝術大学准教授。主な著書に,『君はレオナルド・ダ・ヴィンチを知っているか』『君はピカソを知っているか』『京都美術鑑賞入門』『絵筆のいらない絵画教室』『「モナリザ」の微笑み』など。

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