平成28年度版（平成28年～令和2年使用）2年

アイスプラネット

椎名 誠

「僕」の家には居候のおじさんがいる。母の弟で、たまに仕事をして、あとは毎日ぐうたらしているから「ぐうちゃん」とよばれている。世界を旅したときのおもしろい話をしてくれるぐうちゃんが、「僕」は大好きだ。でも、巨大なナマズや氷の惑星の話はあまりに途方もなく、からかわれたように感じて、話を聞きにいかなくなった。
しばらくして、ぐうちゃんは突然、外国へ旅立つ。4か月後、「僕」宛てに届いた手紙には2枚の写真が入っていた。それはあのとき話してくれた、人間の倍ぐらいのナマズ、そして北極の海に浮かぶ氷の惑星の写真だった。

言葉の力

大岡 信

染織家 志村ふくみさんが糸を染めた着物は、淡いようでいて燃えるような強さを内に秘め、華やかで深く落ち着いた桜色だった。この色は、桜の花ではなく、花が咲く直前の桜の皮から取り出されたのだという。花びらは、桜が全身で春のピンクに色づく尖端が姿を出したものにすぎないのだ。
言葉も、これと同じではないか。一語一語の言葉という花びらが、背後に、それを発する人間の世界という大きな幹を背負っているのだ。ささやかな言葉の大きな意味が実感されるとき、美しい言葉、正しい言葉は、私たちの身近なものになる。

盆土産

三浦哲郎

少年は、母を亡くし、祖母と姉と暮らしている。東京の工事現場で働き、離れて暮らす父親が盆に帰ってきた。父親が土産に買ってきてくれた大きなえびフライは、えもいわれぬうまさだった。
翌日の夕方、少年は東京に帰る父親をバス停まで送っていった。「んだら、さいなら」と言うつもりで、「えんびフライ。」と言ってしまった。父親は驚いたように立ち止まり、また買ってくると言い残してバスの中に駆け込んでいった。

字のないはがき

向田邦子

終戦の年の春、小学校1年の末の妹が、甲府に一人、学童疎開した。妹はまだ字が書けない。だから、父はたくさんの葉書に自分宛ての宛名を書いた。「元気な日はマルを書いて、毎日一枚ずつポストに入れなさい。」と、妹に言った。妹は遠足にでも行くようにはしゃいで出かけていく。
最初は赤鉛筆の大マルが書かれた葉書が届いたが、次の日からマルは急激に小さくなり、ついにバツに変わった。母が妹を連れて帰ってくると、父ははだしで表に飛び出し、やせた妹の肩を抱いて泣いた。「私」は大人の男が声を立てて泣くのを初めて見た。

モアイは語る ―地球の未来―

安田喜憲

イースター島に立つ巨大な石像、モアイは、この島に移住したポリネシア人が作ったものだ。彼らが最初にやって来たのは5世紀頃。それ以前のこの島はヤシの森に覆われていたが、その後、徐々にヤシの木は減少していく。急激な人口増加、そして11世紀頃に始まったモアイの製造と運搬のために伐採され、森の破壊が進んだのだ。森の消滅は、食料危機と部族間の抗争をよび、文明は18世紀前後に崩壊したと推定される。
こうした運命は、地球の未来にとっても無縁ではない。森林資源を長く維持することが、人類の生き延びる道なのである。

扇の的 ―「平家物語」から

源義経の軍に攻められ、平家の人々は屋島の海上へと舟に乗って逃れる。日暮れどき、沖からこぎ寄せてきた小舟の上に年若い女房が姿を現し、扇を竿の先に付けて舟端に立てた。「扇を射落としてみよ」というのだ。波打ち際にいた義経は、二十歳ほどの那須与一に扇を射落とすよう命じる。平家も源氏も、皆、見守っている。
与一はかぶら矢を取ってつがえ、「よつぴいてひやうど放つ」（十分に引き絞ってひょうと放った）。矢は扇を射切り、扇は空に舞い上がった。見事に成し遂げたのだ。平家も源氏も、感嘆した。

君は「最後の晩餐」を知っているか

布施英利

イタリアの天才画家、レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」。この絵を見たとき、なぜか「かっこいい。」と思った。
絵を「読む」と、レオナルドが、解剖学、遠近法、明暗法という絵画の科学を駆使して、それまでになかった新しい絵を生み出したことがわかる。絵画の科学とその可能性を目のあたりにできることが、「かっこいい。」と思わせる一つの要因だろう。
この絵は修復によって細部が消えてなくなったが、かえって「全体」はよく見えるようになった。レオナルドの表現の意図がよく見えてくるから、いきなり「かっこいい。」と思えるのだ。

走れメロス

太宰 治

暴君は、人への不信から殺人を繰り返していた。村の牧人メロスは激怒し、王城に入って捕らえられる。妹のため、処刑までに3日間の猶予を得たメロスは、代わりに無二の友人を人質に残した。急いで村に帰り、妹の結婚式を挙げた後、また城へと走るメロスの前には、氾濫した川や山賊が立ちはだかるが突破する。
疲れ切ったメロスはついに諦めかけた。しかし、友の信頼に報いるため再び走りだす。「いや、まだ日は沈まぬ。」という言葉とともに走り続ける。刻限である日没直前、メロスは刑場にたどり着いた。友は助かり、王は信実の心を取り戻した。