
教科書クロニクル 中学校編
2023年6月29日 更新
光村図書出版
あなたが小学生・中学生だったころ、国語の教科書にはどんなお話が載っていたでしょう。「教科書クロニクル」で記憶をたどってみませんか。

教科書クロニクル 中学校編
2023年6月29日 更新
あなたが小学生・中学生だったころ、国語の教科書にはどんなお話が載っていたでしょう。「教科書クロニクル」で記憶をたどってみませんか。
大岡 信
染織家 志村ふくみさんが糸を染めた着物は、淡いようでいて燃えるような強さを内に秘め、華やかで深く落ち着いた桜色だった。この色は、桜の花ではなく、花が咲く直前の桜の皮から取り出されたのだという。花びらは、桜が全身で春のピンクに色づく尖端が姿を出したものにすぎないのだ。
言葉も、これと同じではないか。一語一語の言葉という花びらが、背後に、それを発する人間の世界という大きな幹を背負っているのだ。ささやかな言葉の大きな意味が実感されるとき、美しい言葉、正しい言葉は、私たちの身近なものになる。
中谷宇吉郎
フランス南部で発見されたラスコー洞窟の壁画は、原始人類が、狩猟の対象である野生動物を描いたものだ。
その筆致は素朴かつ雄渾で、動物の姿ばかりか性格までも見事に表現した芸術作品である。さらに興味深いのは、この原始人たちが優れた科学の目をもっていたことだ。疾走する馬や牛の脚の運び方が、瞬間写真で捉えたかのように正確に描かれている。彼らにとって絶体絶命の問題である狩猟時には、想像を絶した真剣さで獲物を見つめていたにちがいない。彼らの芸術も科学も、生活に密着したものであったのだ。
中山義秀 訳
源義経の軍に攻められ、平家の人々は屋島の海上へと舟に乗って逃れる。日暮れどき、沖からこぎ寄せてきた小舟の上に年若い女房が姿を現し、扇を竿の先に付けて舟端に立てた。「扇を射落としてみよ」というのだ。波打ち際にいた義経は、二十歳ほどの那須与一に扇を射落とすよう命じる。平家も源氏も、皆、見守っている。
与一はかぶら矢を取ってつがえ、「よつぴいてひやうど放つ」(十分に引き絞ってひょうと放った)。矢は扇を射切り、扇は空に舞い上がった。見事に成し遂げたのだ。平家も源氏も、感嘆した。