道徳授業で哲学鍋を
2024年8月7日 更新
苫野 一徳 熊本大学大学院准教授
教育情報誌「道徳科通信」の連載のウェブ版です。「哲学鍋」とは、みんなの考えをもち寄りぐつぐつ煮込みながら、みんながおいしいと思える味(より本質的な考え)に仕上げていく営みをイメージしたものです。
子どもたちと定期的に続けている「本質観取」の会。今回のテーマは、「希望」って何だろう? みんなが納得できる“本質”を言葉にして探り出す、哲学対話の始まりです。
「かっこいい」の本質がわかれば、どんないいことがあるだろう?
苫野:
じゃあいつものように、「かっこいい」の本質がわかればどんないいことがありそうか、まずは皆さんの考えを聞かせてくれるかな?
にき(中2):
どうすれば自分がかっこよくあれるか、意識できるようになるかなと思います。
まなた(中2):
あと、そのかっこよさを磨くこともできるようになるかも。
苫野:
確かに。ちなみに僕の関心をちょこっと言わせてもらうと、なんかねぇ、こんなことあんまり言いたくないんだけど、私、最近、ちょっと年取ってきたかなって思うんだよね。でもそんなの嫌だ。だから、かっこいいおっさんになりたい。そんなわけで、どうすればかっこいいおっさんになれるかっていうのを、今日は考えたいなと思っています。
「かっこいい」の事例を挙げていこう
苫野:
じゃあ次に、「これはかっこいいなぁ」と思うもの、その事例を、どんどん挙げていってみようか。
ちはや(小4):
自分ができないことをできる人って、かっこいいと思う。
にき:
すごく優しい先輩がいるんですけど、かっこいいです。
しおん(中1):
生まれながらに外見がかっこいい人もいれば、努力の結果、その行動がかっこいいっていう人もいますよね。
たいすけ(中2):
行動でいうと、(環境活動家の)グレタさんはかっこいいです。
ちはや:
漫画の『スラムダンク』の流川(るかわ)とかもかっこいい。
たいすけ:
漫画でいうとアンパンマンも。
苫野:
アンパンマン! ……って、かっこいい?
たいすけ:
身を削って人を助けるところが。
苫野:
あっ、そっか、中身か! いや~ お恥ずかしい。アンパンマンって、見た目、そんなにかっこよくないよなと思っちゃったから。自分はなんて浅はかだったんだ。
ちはや:
人のために生きる人って、すごくかっこいいですね。
まなた:
でもそういえば、かっこいいのは人だけじゃなくて、かっこいいダンスとかもありますよね。
にき:
確かに。かっこいい服とか。
かなこ:
チーターが獲物を仕留める時もかっこいい。
苫野:
仕留める時! なるほど。
ちはや:
さっき、自分ができないことをできる人はかっこいいって言ったんですけど、みんなができないけど自分ができる時は、「自分、かっこいい」って思う。
全員:
爆笑!
苫野:
なるほど、自分がかっこいいってこともあるか。盲点だった!……と、ここまでたくさん例が出てきたけど、僕たちはなぜ、これらのものを「かっこいい」って感じるんだろう? 何かいいキーワードが見つかりそうかな?
キーワードを見つけていこう
ちはや:
自分から見て、なってみたい、思わず憧れてしまう人は、かっこいいと思う。
苫野:
おお、早速いいキーワードが出てきたね。「なってみたい」「憧れ」。うん。とてもいいね。
ちはや:
「自分にできない」もどうかな。
たいすけ:
でも人殺しとかは、自分にはできないけどかっこよくはないよね。
にき:
回転ずしの醤油ぺろぺろも、かっこよくないね。
ちはや:
そっか、確かに。じゃあやっぱり「憧れ」は大事かも。人殺しとか醤油ぺろぺろには憧れないから。
かなこ:
でもチーターには別に憧れはしないかな。
ちはや:
でもあんなふうに「なってみたい」って感じはない?
かなこ:
あぁ、そっか。確かに。
しおん:
「憧れ」だとちょっと言いすぎかもしれないけど、「なってみたい」くらいなら全ての「かっこいい」に当てはまるかもね。それでいうと、私は自分に自信があると、別に他の誰かに「なってみたい」って思わなくていい感じがするんです。でも自分に自信がないと、他の誰かみたいに「なってみたい」って思う。だから、誰かをより「かっこいい」って思いやすい気がします。
苫野:
おお、それはおもしろいね。そういえば僕も、思春期の時のほうが「あれもかっこいい、これもかっこいい」って思ってたかも。昔より自信がついたってことなのかなぁ。うーん、どうなのかな。
ちはや:
大人になると、子どもの時よりいろんなことが当たり前になったって感じもあるんじゃないですか?
苫野:
なるほど、いえてる。
しおん:
いろいろ考えると、「なってみたい」はやっぱりいいキーワードなんじゃないかなと思います。
かなこ:
でも、異性のアイドルを「かっこいい」と思ったとして、私はそのアイドルに「なってみたい」のかな。
しおん:
「あの人みたいに生きたい」「ああいう世界に飛び込みたい」「体験してみたい」はあるんじゃないかな。輝いて見えるから。
まなた:
納得。じゃあかっこいいダンスだったら、あんなダンスができるように「なってみたい」なのかな。だとすると、そこにはやっぱり「憧れ」はあるなぁ。
かなこ:
かっこいい服も、憧れますね。着こなしてみたい憧れって感じ。さっき、チーターにはあんまり憧れないって言ったけど、「なってみたい憧れ」だったら、しっくりくる気もします。
本質を言葉にしてみよう
苫野:
いいね。回り回って、「なってみたい憧れ」が、本質を突いた言葉のように思えてきたね。どうだろう?
今日のまとめ
かっこいいとは、「なってみたい憧れ」である。
全員:
うん、いいと思います。
苫野:
少なくとも、全ての「かっこいい」が、僕たちの「なってみたい憧れ」を刺激するのは間違いないね。うん、今日もいい本質観取ができたと思う。みんな、ありがとう!
タイトルイラスト: 霜田あゆ美
苫野 一徳(とまの・いっとく)
熊本大学大学院准教授
1980年兵庫県生まれ。熊本大学大学院教育学研究科准教授。専門は哲学、教育学。著書に『親子で哲学対話―10分からはじめる「本質を考える」レッスン』(大和書房)、『愛』(講談社)、『学問としての教育学』(日本評論社)など多数。光村図書 小・中学校「道徳」教科書編集委員。