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第1回 「ビードロ」

方言を味わう

2023年2月27日 更新

木部暢子 人間文化研究機構 機構長

方言を研究されている木部暢子先生が、全国各地のすてきな方言をご紹介します。

第1回 「ビードロ」

1月後半から2月にかけては、1年でいちばん寒い時期です。寒さに関係する方言は各地にいろいろありますが、私がいちばん好きな方言は「ビードロ」です。

「ビードロ」というと、江戸時代の浮世絵師、喜多川歌麿の美人画「ビードロを吹く女」を思い浮かべる人が多いかもしれません。ガラスでできたフラスコのような形の遊び道具で、細長い管から息を吹いたり吸ったりするとガラスの底がポッピンと鳴る、あれです。しかし、ここでいう「ビードロ」はそれではなく、軒から下がった氷の柱、「つらら」のことです。

つららを「ビードロ」と言うのを初めて聞いたのは、鹿児島県枕崎市での方言調査のときでした。九州の南端、枕崎市でもつららができるの?と思われるかもしれませんが、30~40年くらい前までは結構、立派なつららが鹿児島でも見られました。

「ビードロ」は、ガラスを意味するポルトガル語です。朝日が当たってキラキラ光るつららを、遠い外国から伝来したガラスに見立てて「ビードロ」と呼んだのでしょう。この方言が生まれた背景には、つららが「ビードロ」と同じように美しくて珍しいものだという発想があります。ふだんは何でもない軒下がこのときだけは輝いて見え、それが昼過ぎには消えてしまうのも寂しいものでした。

それにしても、なぜ、鹿児島でつららのことを「ビードロ」と言うようになったのでしょうか。それを知るために、国立国語研究所の『日本言語地図』を調べてみました。これは、1957年から1964年にかけて全国2400地点で行われた方言調査をもとに作られた言語地図で、その第262図で「つらら(氷柱)」が取り上げられています。これを見ると、「ビードロ」は鹿児島県のほかに長崎県五島、愛媛県佐多岬半島、紀伊半島南部、東京都三宅島、茨城県東部の海岸地域で使われています。

「ビードロ」がポルトガル語由来だとすると、「ビードロ」の出発点は、おそらく長崎だと思われます。まず、ポルトガルから長崎にガラス細工の器具が伝来し、それが「ビードロ」と呼ばれ、次に、つららをそれに見立てて「ビードロ」と言うようになった。それが鹿児島へ伝わり、さらに愛媛、紀伊半島、三宅島、茨城へと伝わった、ということなのではないかと思います。

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鹿児島から茨城の東海岸にかけては、黒潮が流れています。黒潮沿いに船での交通が行われ、それに乗って「ビードロ」という言葉が各寄港地に伝わったとすると、寄港地でどんな会話が交わされたのか、想像できるような気がします。

最近は気候の変動で、これらの地域では冬につららができることが少なくなりました。つららとともに「ビードロ」という方言も消えつつあります。

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木部暢子(きべ・のぶこ)

1955年福岡県生まれ。人間文化研究機構機構長。九州大学大学院文学研究科修士課程修了。博士(文学)。専門は言語学、日本語方言学。著書に『そうだったんだ日本語 じゃっで方言なおもしとか』(岩波書店)、『方言学入門』(共著、三省堂)など。

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