漢字のギモン Q&A
2026年11月6日 更新
菊地 恵太 東北大学大学院 准教授
漢字に関する素朴な疑問、目からうろこの豆知識など、日々の授業にも参考になる情報をQ&A形式で解説します。
「国」は、昔「國」という形だったようですが、書くのが大変だから簡単に書くようになったのですか?
歴史的に見て、漢字は書き継がれていくうちに形(字体)が変形したり、あるいは意図的に形が変えられたりすることがあります。その結果、同じ発音と意味をもつ漢字であるにもかかわらず、さまざまな形のバリエーションが生まれてきました。
このような漢字の字体の変種のことを「異体字」と呼んでいます。質問にあった「國」と「国」はどちらも「コク・くに」という音訓をもっており、異体字の関係に当たります。
現在の日本ではこの字を「国」という形で書くのが普通ですが、これは「常用漢字表」に基づいた書き方です。常用漢字表は「一般の社会生活において現代の国語を書き表すための漢字使用の目安」として漢字の字体や読み(音訓)を定めたもので、現行の常用漢字は2010年に内閣告示された2136字です。
この前身に当たるのは改定前の「常用漢字表」(1981年告示・1945字)、さらには1946年告示の「当用漢字表」(1850字、具体的な字体については「当用漢字字体表」で1949年告示)にも遡ります。「当用漢字字体表」と現在の「常用漢字表」の「国」の字を見てみると、「国」と一緒に「國」という字が書かれていますが、当用漢字字体表が告示される前は「國」の方が正式な字と見なされていました。この当用漢字・常用漢字の告示以前に正式と見なされていた字体が通称「旧字体」「旧字」と呼ばれるものです(いわゆる“旧字体”は、清朝の『康煕字典』(第1回コラム参照)を典拠としていることが多いです)。
ただ、“旧字体”というのはあくまでも近代(当用漢字・常用漢字告示以前)の日本で正式と見なされていた字体を指すのに過ぎず、それ以前から「国」を含めさまざまな字体が混在して用いられてきました。奈良時代の木簡に書かれた「國」の字を見ても、囗(くにがまえ)の中に「王」や「玉」のような形を書くものがいくつか見られるようです。(木簡の文字の画像は奈良文化財研究所「木簡庫」 https://mokkanko.nabunken.go.jp/ja/ で検索することができます)
問題はなぜ囗の中に「王」や「玉」を書くようになったかということですが、はっきりした経緯はわかりません。一説には、「囗」(くに)の中に「王」がいる、というような発想から「囯」が生まれたとする解釈もなされることがあります。
しかし、さらに古い時代の資料、例えば中国の内モンゴルにある居延遺跡から発掘された漢代の木簡(居延漢簡)では、同じ「國」を表す字でも以下のようなさまざまな形が見られるようです。
これを見ると、後の“旧字体”である「國」に近い形も使われてはいるものの、中には「或」の部分が簡略化されて横棒3本+縦棒1本で書くような形(最右)もあることが分かります。恐らくこの形がさらに変化した結果、「囯」や「国」とも書かれるようになった可能性もあります(他にこれと似たような「國」の異体字として「囻」もあります)。
このように異体字の起源ははっきり特定できないことが多いのですが、画の一部が省略されたり崩されたりして、結果として簡単に書けるようになった字体もあるということです。
【参考文献・リンク】
菊地恵太(2021)「「国」字体小考:日本における使用字体の変遷」『日本文学ノート』56
https://mgu.repo.nii.ac.jp/records/605
笹原宏之(1992)「字源説、字源意識、文字に対する意識が字体に与えた影響:「國」の異体字に関して」『国語学 研究と資料』16
https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2761
山田俊雄(1969)「「囯」と「囻」とについての臆説」『成城文芸』53
国立国語研究所 ことば研究館「「国」と「國」のように、昔と今とで形がちがう漢字があるのはなぜですか」(銭谷真人)
https://kotoba.ninjal.ac.jp/qa/yokuaru/qa-55/
※トップ画像は、「木簡庫」(https://mokkanko.nabunken.go.jp/ja/)の画像を加工して作成
菊地 恵太(きくち・けいた)
東北大学大学院 准教授
1991年生まれ。東北大学大学院文学研究科博士後期課程修了。主な研究は、文字・表記史。特に、日本における漢字字体・異体字の変遷、漢字の部首分類・部首配属など。著書に、『日本略字体史論考』(武蔵野書院)など。
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