教育情報誌「とことば」
2026年10月20日 更新
教室の中と外の世界をつなぐ今日的なテーマを「言葉」を切り口に追いかける教育情報誌「とことば」。
言葉のもつさまざまな側面を切り取りながら、子どもたちに言葉のもつ可能性や豊かな世界に出会わせる方法を考えていきましょう。
言葉を使ってからだが学ぶ。からだを使って言葉を捉える。私たちは、からだと言葉を使いながらさまざまなことを学んでいます。
今号では、学びの場面で、からだの動きや行動は言葉によってどう変化していくのか、身体的な学びを言葉はどう支えることができるのか、さまざまな分野での実践を通して考えます。
「指示」から「問い」への転換――ビジャレアルCFの指導改革/佐伯夕利子(ビジャレアルCF サッカー指導者)
指導者の言葉は、選手のプレーにどんな変化をもたらすのか、スペインのサッカークラブで選手の育成に当たるサッカー指導者の佐伯夕利子さんにお話をうかがいました。
指導者の言葉は学習源泉
私が所属する「ビジャレアルCF」は、スペインサッカーの強豪クラブの一つ。勝ち慣れた状況下、私たち指導者は自らの指導を疑わずにいました。2014年、そこへ指導改革が始まります。目的は、選手育成によるチーム強化のための、もう一段上の指導。クラブ内の全指導者120人が集まり、まず、「育てたい選手像」について1年かけて話し合いました。
サッカー選手には、一瞬の状況を翻訳し、次の動きを意思決定しながらのプレーが求められます。私たちは議論を重ね、「育てたい選手像」として、①生活面も含め自律・自立した選手、②状況を総合的に理解・翻訳できる選手、③社会性を備えた選手、という三本柱を立てました。
気づいたのは、これを導く環境づくりが私たちの仕事で、私たちこそが選手の学習源泉であること。指導者の一言一句は選手の学習に影響を与えます。鍵は、Educating in Positive Language(ポジティブな言語環境の中で教えること)だと考えました。
選手主体の「問い」への転換
私たちは長く、選手の「意思」と「動き」を切り離して捉え、「動き」だけに働きかける指導をしてきました。選手は、意思を捨てて指導者の指示に従ってきたわけです。三本柱にはほど遠い指導です。
人間は、言葉を発することで考えを整理・理解します。そこで、発話の機会を設けようと、私たちは選手に「問う」ことにしました。従来の指導は、「右にパスすべき」など、「指導者」の望むプレーに基づく「指示」。これを、「なぜ左にパスしたの?」など、「選手」の思考を引き出す「問い」へと転換するのです。
そうして指導するうち、変化が見えました。試合中、監督である私の顔色をうかがってプレーしていた選手たちが、私を見なくなったのです。集中すべきことに集中し、自ら考えるようになったのでしょう。その一方で、技術も経験もある一人の選手が、試合中に立ち尽くし、「どこで何をすべきか指示して!」と訴えてきました。意思と切り離した指示の蓄積が、指示がないと混乱する選手を育てたのです。混乱のない順応には、段階的な転換が必要であることもわかりました。
感覚を言葉で伝える
主体的なプレーには、選手自身の「感覚」もまた大切です。私たちは、「軸足を何センチ離して蹴る」といった指導はしません。体や筋肉の使い方などは個々に違うからです。代わりに、「ゴムのようにしなやかに」などと言葉で伝えています。オノマトペが豊かな日本語と違い、スペイン語では難しさもありますが、重要なのは、完璧な言葉かけではなく、意識的な言葉かけ。つねに自らの言葉に自覚的であろうとしながら指導に当たっています。
佐伯 夕利子(さえき・ゆりこ)
ビジャレアルCF サッカー指導者
1973年イラン・テヘラン生まれ。2003年スペイン男子3部リーグのプエルタ・ボニータで女性初の監督就任。その後、複数のクラブでの経験を経て、08年ビジャレアルCFと契約、男子U-19コーチや女子トップチーム監督等を歴任。18~22年Jリーグ特任理事、常勤理事、WEリーグ理事等を務める。著書に『本音で向き合う。自分を疑って進む』(竹書房)、『教えないスキル』(小学館)など。