漢字のギモン Q&A
2026年6月18日 更新
菊地 恵太 東北大学大学院 准教授
漢字に関する素朴な疑問、目からうろこの豆知識など、日々の授業にも参考になる情報をQ&A形式で解説します。
「営」「学」「栄」は冠部分は同じなのに、部首がそれぞれ違っているのはどうしてですか?
漢字のどの部分を部首として扱うのかは、意外とややこしい問題です。前回のコラムで説明したとおり、最古の部首引き字書は後漢の許慎による『説文解字(せつもんかいじ)』でしたが、『説文解字』の見出し字は「小篆(しょうてん)」という秦の時代の書体で示されています(以下、コラムの本文では小篆を楷書に直した形で示しておきます)。
許慎はこの小篆をもとに字源や原義の解釈を行い、540種類の部首に分類していました。ここで注意が必要なのは、『説文解字』では漢字の意味に基づいて部首ごとに整理していることが多く(そうでないものもあります)、単純に形の共通点だけで漢字を分類しているわけではないということです。
問題の「営」「学」「栄」の字ですが『康煕字典(こうきじてん)』(前回コラム参照)での字体は「營」「學」「榮」です。
「營」の部首は『康煕字典』では「火」部でしたが、もともと『説文解字』では「宮」という部にあり、許慎は「營」を建物に関連する意味だと考えたようです。「榮」については原義を「桐の木」であると説明しており、やはり「木」を部首としています。

また「學」について許慎は、「斅」(斆)というのが元の形であり、それを省略したのが「學」だと考えていました。下の画像は『説文解字』の江戸時代の刊本ですが、「斅」の部首は「敎」(教)とされており、ここで「學」も一緒に示されていることがわかります。現代の我々にとっては何ともわかりにくい部首です。ただ、その後の字書では一般的に「學」を「子」部に編入しています。(注:ここに示したのはあくまでも『説文解字』での許慎の解釈です。20世紀に入って甲骨文字の研究が進んだことで、『説文解字』の字源・字義の解釈は否定されることも多くなっています)

他に常用漢字の中では、似たような字に「覚(覺)」「労(勞)」がありますが、『説文解字』は下の部分「見」「力」を部首としています。「蛍(螢)」は『説文解字』には載っていませんが、その後の字書では「虫」を部首とするのが通例です。つまり、冠の「⺍+冖(𦥯・𤇾)」が共通していても、これらの漢字は似通った関連する意味をもっているわけではなく、むしろ冠でない部分の方が意味をもっていると判断されたので、ほとんどの字書で「⺍+冖(𦥯・𤇾)」は部首として扱われてこなかったと思われます。
とはいえ、字形の共通点から見れば冠の部分を部首と考えたくなるのももっともで、実際にこれを部首として扱っている漢和辞典もありました。例えば書誌学者の長沢規矩也(ながさわきくや)(1902~1980)が編纂に携わった漢和辞典は、字形から直感的に漢字を引けるように、従来の『康煕字典』から部首の種類や漢字の所属を大きく改変したことで知られています。1937年に三省堂から刊行された『新撰漢和辞典』(宇野哲人・長沢規矩也編)では、「龸」「𦥯」「𤇾」という部首が新設され、当用漢字以降の辞典(『明解漢和辞典』『三省堂漢和辞典』など)にも引き継がれます。ただ、長沢規矩也の部首分類による辞典も現在は絶版となっており、この部首が主流になっているとは言えないようです。
菊地 恵太(きくち・けいた)
東北大学大学院 准教授
1991年生まれ。東北大学大学院文学研究科博士後期課程修了。主な研究は、文字・表記史。特に、日本における漢字字体・異体字の変遷、漢字の部首分類・部首配属など。著書に、『日本略字体史論考』(武蔵野書院)など。
- このシリーズの目次へ
- 前の記事
-
次の記事