みんなで考える「やさしい日本語」
2026年6月9日 更新
岩田一成・李暁燕
日本語教育を専門とされる岩田一成先生が聞き手となり、外国人保護者と「学校プリント」について研究される、李暁燕先生にお話をうかがいました。
長年勉強しても、わからなかった日本語
岩田:
李先生は、外国人保護者のための「学校プリント」の研究をされています。日本の学校では、保護者に向けてたくさんの学校プリント(お知らせ)が配布されますよね。ご自身も日本で子育てをされたそうですが、その経験が研究のきっかけになったんですか。
李:
私は大学院に入るために来日したんですが、そのとき3歳だった子どもを保育園に預けることになりました。それまで何年も勉強してきて、たいていの日本語はわかるつもりだったんですが、連絡帳に書かれた「クーピーを買ってきてください」がわからなくて。「クーピー」を知らなかったんです。
自分の学んだ日本語と、日本の教育現場で使われている日本語の間に大きなギャップがあることを知って、衝撃を受けました。それで興味が沸いて、研究してみようと思ったんです。
岩田:
李先生のように日本語能力が高い人でも、保育園や学校からの連絡がわからない場合があるということですね。
李:
「クーピー」のほかにも「上履き」「連絡帳」など、教育現場で使われる「学校カルチャー語彙」は、外国人には難しいです。日本語能力試験N2(※)以上の人を対象に調査したところ、これらの語彙を正しく理解できた人は40%くらいでした。
岩田:
先生方や日本人の保護者にとっては当たり前でも、日本の学校に通ったことがない人には難しいですよね。
李:
子どもが二人いるんですが、それぞれ小学校5年生のとき、「自然教室」に行ったんです。私は中国人なので漢字は理解できますが、「自然教室」の意味がわかりませんでした。「自然」も「教室」もわかるけど、「自然教室」って何だろうって。
岩田:
たしかに複合名詞になると、別の意味合いが生じます。
李:
上の子は山のコースで自然について勉強して、下の子は海のコースで塩について学んだそうです。夜はみんなでカレーを作って食べたり、キャンプファイヤーをしたり……という話を聞いて、写真を見て、やっと自然教室がどんなものかイメージできました。こういう言葉は、辞書などを見てもわからないですね。
翻訳で解決できないこと
岩田:
先日、子どもの中学校の入学式に参加したんですが、学校からのお知らせには、「室内履きを持参してください」と書かれていなかったんです。でも日本人の保護者はほとんどが持ってきていました。日本の学校の習慣を知らなかったら、持ってこないですよね。
李:
日本人の保護者は、たいてい日本で教育を受けてきているので、暗黙の了解でわかることも多いかもしれません。でも、外国人には言わないと伝わりませんね。
岩田:
お知らせに書いていないことは、たとえAIを使っても翻訳しようがないですからね。2019年以降、特定技能などの在留資格で家族を連れて来日する方が増えたので、学校でも外国籍の児童生徒が急激に増えました。だから今、働きかけたら、学校のお知らせも変わっていくんじゃないかと思っています。
李:
福岡市内でも、外国籍の児童生徒が多い学校では、お知らせの時候の挨拶が省かれていたり、「やさしい日本語」になっていたりします。デジタル化も進んで、少しずつ変わってきていますね。
海外の学校とはちがう習慣
岩田:
日本の学校について、不思議に思う習慣などはありませんか。
李:
留学生ともよく話すんですが、体操服は独特ですね。中国では、運動着で通学したらそのまま運動着で過ごすことが多いので、体育の授業のために毎回着替えるという発想はありません。それに、日本では、保護者が体操服に名札やゼッケンを縫いつけたりしますよね。日本の学校は、保護者に求められることが多いと思います。
岩田:
中国の学校では、保護者がやることって、どんなことがありますか。
李:
いちばん大変なのは宿題のチェックだと聞きます。それ以外は、日本の学校のように保護者が関わる場面はあまり多くない印象です。
岩田:
日本では、持ち物の用意や行事への協力など、保護者のやることはたしかに多いですね。外国人保護者にそれを理解してもらうには、まず日本の学校の習慣について、きちんと説明する必要がありそうです。
※日本語能力試験は、国際交流基金と日本国際教育支援協会が行う、日本語を母語としない人の日本語能力を測定する試験。N1~N5のレベルがあり、N1がもっとも難しい。日本語で行われる大学の講義を理解できる目安が、N2以上とされている。
(2026年4月9日 オンラインにて)
岩田一成(いわた・かずなり)
聖心女子大学教授、博士(言語文化学)。元青年海外協力隊隊員(中国派遣日本語教師)。大阪大学大学院言語文化研究科修了。専門は日本語教育、日本語文法。国・自治体の職員や教職員に向けた研修アドバイザーを務めるなど、いろいろな組織の文章改革に伴走している。モットーは「風通しの良い社会は、すっきりした文章から!」。
著書:『やさしい日本語ってなんだろう』(ちくまプリマー新書)、『読み手に伝わる公用文』(大修館書店)、『新しい公用文作成ガイドブック』(日本加除出版)ほか
李暁燕(り・ぎょうえん)
九州大学准教授、博士(知識科学)。専門は異文化理解、多文化社会における知識共創。外国人保護者のための学校プリント研究のほか、AIを活用した外国人保護者支援システムの構築などに取り組んでいる。
著書:『学校プリントから考える 外国人保護者とのコミュニケーション』(編著、くろしお出版)、『「多文化グループワーク」による言語と文化の創造学習――知識科学の視点から見るアクティブ・ラーニング』(ココ出版)