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第3回 天気の言葉の今昔――「劇薬」と「情緒」

天気と言葉とわたしたち

2026年10月19日 更新

長谷部 愛 気象予報士

気象予報士としての知識や経験をもとに、天気や自然現象を表す言葉にうつし出される人々の感性や文化、ものの見方・考え方などを紹介していただきます。

第3回 天気の言葉の今昔――「劇薬」と「情緒」

気象庁は、今年の春、最高気温が40℃以上となる日を新しく「酷暑日」と定めました。一般公募のアンケートで断トツの1位に選ばれたこの言葉は、もともとは民間の気象法人が使い始め、世間に浸透していったものです。かつては未知の領域だった40℃という数字が、今や毎年のように国内のどこかで観測されるようになりました。日本の夏は気候変動によって、その姿を急速に変えつつあるようです。

こうした自然の大きな変化は、私たち気象予報士が日々の予報で用いる言葉をも変えていきました。2000年代以降の天気予報を振り返るだけでも、ゲリラ豪雨、猛暑日、災害級の暑さ、地球沸騰化、線状降水帯といった言葉がまたたく間に定着しました。「ゲリラ」という言葉は、本来は奇襲攻撃を意味する軍事用語であり、使うときにはためらいがあります。しかし、言葉がもつ圧倒的なインパクトと、一瞬で危機感を共有できる機能性に、私たちは時として頼らざるをえないのです。

さらに近年では、気象庁の発信もさま変わりしました。災害の危険が迫るときには「命を守る行動を」と強く呼びかけ、2019年の東日本台風接近時には「(台風の)接近とともに世界が変わる」という、文学的ともいえる強い表現で警鐘を鳴らしました。非常にセンセーショナルな、いわば「言葉の劇薬」です。そしてその劇薬さえも、日常的に浴び続けることで徐々に効き目を失い、さらなる強い表現へと変化しているように思えてなりません。

その一方で、気候の変化に置いていかれ、消え去ろうとしている言葉に思いが至ります。たとえば「夕立」という言葉を、私は天気予報の現場でめっきり使わなくなってしまいました。現代の夏の雨は、かつてのように涼風をもたらす優しさはなく、激しく一気に道路を冠水させるような凶器へと変貌したからです。危険を回避する情報を届けるために、風流な言葉は捨てざるをえないのです。松尾芭蕉が詠んだ「五月雨をあつめて早し最上川」という名句。ここには大雨に対する自然への畏怖がありながらも、どこかみずみずしい風情が漂っています。しかし、線状降水帯などによる「牙をむく大雨」の前に、私たちは「五月雨」という言葉を使う折さえ奪われてしまいました。

ここ数年は特に、新たに生まれる言葉の切実さと、失われていく言葉の余韻を強く感じるようになりました。技術の進歩によって災害を未然に防げるようになった現代だからこそ、予報にはより強い警告の言葉が求められます。気象予報士としては寂しい限りですが、風情ある言葉はきっと文学や芸術、記憶の中で生き続けていくのでしょう。

長谷部 愛(はせべ・あい)

気象予報士

気象予報士、東京造形大学非常勤講師。1981年神奈川県生まれ。信州大学教育学部卒業。テレビ・ラジオ局員として、番組制作・キャスター・リポーターを経験後、2012年に気象予報士資格を取得。翌年からTBSラジオ、Yahoo!天気・災害動画などに出演。2018年から東京造形大学で教鞭を執る。著書に、『天気でよみとく名画』(中央公論新社)など。

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