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通常学級での特別支援教育 第16回

通常学級での特別支援教育

2017年8月23日 更新

川上 康則 東京都立矢口特別支援学校主任教諭

通常学級で特に気をつけたい特別支援教育のポイントを、新任・若手の先生方に向けて解説します。

川上康則(かわかみ・やすのり)

1974年、東京都生まれ。東京都立矢口特別支援学校主任教諭。公認心理師、臨床発達心理士、特別支援教育士スーパーバイザー。立教大学卒業、筑波大学大学院修了。肢体不自由、知的障害、自閉症、ADHDやLDなどの障害のある子に対する教育実践を積むとともに、地域の学校現場や保護者などからの「ちょっと気になる子」への相談支援にも携わる。著書に、『通常の学級の特別支援教育 ライブ講義 発達につまずきがある子どもの輝かせ方』(明治図書出版)、『こんなときどうする? ストーリーでわかる特別支援教育の実践』(学研プラス)など。

第16回 ルールを守ることにこだわりを示す子

今日のポイント

  • ルールを守ることに強いこだわりを示す子は「自分こそが正しい」と思っているため、「相手のことを考えて」「もっと人に優しく」などの抽象的な指導は、あまり効果はない。
  • 目に見えないルールや人の気持ちは、文章によって可視化するとよい。
  • 行動の修正を目ざすのではなく、生活が豊かになる「お役立ち情報」として伝えるようにする。考えさせるよりも、答えを示して導くほうがよい。

ルールを守ることに強いこだわりを示す子どもがいます。ルールを守らない相手のことを必要以上に責めて、その場の雰囲気を凍らせてしまいます。また、偶発的にルールの枠を越えてしまった相手に対してすら、厳しく指摘することがあります。

画像、ルールを守ることにこだわりを示す子

ルールを大切にすることは、安全で安心な集団生活の基本となります。また、スポーツなどを楽しく行うためにも必要なことです。しかし、そのルールに厳密になりすぎると、本来の活動そのものに制約が生まれ、楽しさが失われて窮屈になってしまうことがあります。

ASD(自閉スペクトラム症)の特性の一つに、決まりを守ることに過度なこだわりを示すというものがあります。そのこだわりについて、本人は「ごくごく当たり前のこと」だと思っていて、プラスな面を強調していえば「正義感が強い」、マイナス面を強調した言い方をすれば「融通が利かない」「原理・原則論にとらわれてしまう」となります。
また、「自分こそが正しい」という気持ちでいることも多く、自分に厳しいだけでなく、相手に対しても同じレベルを求めてしまい、なかなか柔軟に対応できないところがあります。

こうした特性に対し、「もっと相手に優しく」とか「そんなに厳しくしなくても」と指導しても、行動はあまり変わりません。それどころか、「なぜ、正しい自分が非難されなければならないのか」と強い反発を生むこともあります。ですから、抽象的な指示ではなく、具体的なソーシャルスキルの指導をするほうが効果的です。

ルールに厳密になりすぎると、クラスの雰囲気がギスギスしたものになります。ただ、ルールを順守すること自体は、決して悪いことではありません。大人の世界であれば、経理や文章の校閲、プログラミングのエラーを見つけ出す仕事などで能力が発揮できます。指導を通して、柔軟さの発揮を期待すると同時に、その子の持ち味を生かすことも考えておきましょう。

藤野博先生(東京学芸大学教授)は、ソーシャルスキルを学ぶ方法の一つとして、世の中のみんなが当たり前に思っている社会的な常識を簡単な物語にして教える方法を提案しています。
この方法は、目に見えないルールや人の気持ちについて、物語風の文章によって可視化することを目ざします。これを通して、その場において大抵の人がしている行動や望ましい行動、目ざそうとする行動などについて具体的に示すことができます。
主に自閉スペクトラム症がある子どもを対象として開発された方法ですが、発達障害の有無に関わらず、広く適用できます。実際の授業では、個別的に活用するよりもクラス全体で共有するとよいでしょう。

物語の一例を以下に示します。

僕は、クラスの決まりや人との約束をとても大切にしています。

ルールを守って行動すれば、安全に生活することができます。スポーツも、ルールをみんなで守ることで、お互いに公平に競い合うことができます。もし、みんなが好き勝手にルールを決められることになれば、大混乱が起きます。だからルールは大切です。

でも、どうしても事情があって、ルールをたまたま破ったように見えたり、楽しくて興奮してしまい、ルールを忘れてしまったりする人がいます。僕は、そういう人のことが許せないので、ルールを破った相手のことを責めてしまうことがあります。

また、スポーツでは、フェイントをかけるなどのように、相手の気持ちの裏をかく行動を取る人がいることがあります。僕は、そういう人のことを「卑怯だ!」とか「ズルい!」と大声で言ってしまうことがあります。

ルールを守ることは大切なことですが、ルールに厳しすぎると、みんなが楽しめなくなってしまいます。また、人をだますことはいけないと言われていますが、スポーツではルールの範囲内であればそれが技術や戦術の一つとして認められています。

もし、友達がルール違反や卑怯な行動をしていると感じたら、まず相手の事情や行動の理由を聞くことから始めます。相手が素直に「ごめん」と謝ったら、すぐに「わかった」と言うようにします。そして、「次は気をつけてね」と提案したり、「もう一度ルールを確認させてね」と丁寧に付け加えたりします。こうすることで、みんなが楽しくルールを守って授業を続けることができます。

このような物語風の教材は、道徳の授業でよく用いられています。一般的な道徳の授業では、行動の答えのようなものは示されず、「登場人物がなぜこのようなことをしたのか考えましょう」といった発問がなされることが多いようです。しかし、行動の理由を考えることは、自閉スペクトラム症がある子どもにとって苦手なことである場合があります。そこで、実際に取るべき「行動の答え」を具体的に示すようにします。

誤解のないように付け加えますが、この方法は、決して行動を修正させようとするものではありませんし、禁止事項を一方的に伝えるものでもありません。穏やかな表現を用い、生活上必要な“お役立ち情報”を伝え、よき方向に導くことが目的です。


ここまで子どもの話をしてきました。しかし、大人の世界にも原理・原則を振りかざして譲らない人が少なからずいます。組織の中で責任ある立場に就いている場合もあり、その周辺にいる人たちはたいへん苦労します。大人の場合は「適度な距離を保つ、無理して戦わない、しのぐ」ことが対応策です。


〈参考文献〉
藤野博(2009年)「場の空気がよめない子」(阿部利彦編著『クラスで気になる子の支援 ズバッと解決ファイル』金子書房、pp.150-156)

次回は、「人を頼るスキルが乏しい子」について考えます。

Illustration: Jin Kitamura


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