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Story 1 作られた「物語」を超えて

山極 寿一(人類学・霊長類学者)

2017年9月15日 更新

山極 寿一 人類学・霊長類学者

中学校『国語』教科書3年の論説「作られた『物語』を超えて」の筆者、山極寿一さんに、この文章に込めた思い、これからの教育に願うことなどについて、5回に分けてお話をうかがいました。

「作られた『物語』を超えて」では、人間が身勝手な解釈をもとに「物語」を作り出すことについて、ゴリラを例に述べられています。

霊長類学者として30年以上前からゴリラの研究に携わってきました。私が研究を始めた頃はゴリラについては知られていないことがまだまだ多く、暴力的で恐ろしい動物、というイメージがもたれていました。しかし、それは事実とは異なります。長年のフィールドワークを通して、私は自分の目でゴリラの社会を知ることができました。私の目に映るゴリラは、決して暴力的でも恐ろしい存在でもありません。ゴリラは穏やかで遊び好きで子育て上手、群れの仲間のみならず周りの存在とも共存する平和な動物です。

画像、山極寿一

「物語」という表現に込めた意味を教えてください。

執筆するにあたって念頭に置いたのは、芥川龍之介の短編「桃太郎」(※1)です。有名な昔話を鬼の立場から描いたものです。「鬼が島」で安穏に暮らしていた鬼たちのもとに、桃太郎が突如として現れる。逃げ惑う鬼たちを追い立てる桃太郎に、鬼は恐る恐る、自分たちは何か無礼でもしてしまったのかと尋ねます。すると桃太郎は次のように答えます。「日本一の桃太郎は犬猿雉の三匹の忠義者を召し抱えた故、鬼が島へ征伐に来たのだ。」

身勝手な言い分で何の罪もない鬼を征伐する桃太郎と、被害者となってしまう鬼。この構図は、ヨーロッパ諸国によるアフリカ諸国に対するかつての植民地支配にそのまま当てはめられます。ヨーロッパ社会はアフリカを「暗黒大陸」と見なし、その「文明化」を大義として武力による制圧を行い、キリスト教を普及させ、植民地支配を進めました。特に熱帯雨林地域のアフリカは、象牙や金、コバルト、ウラン、銅といった資源が豊富だったため、西洋列強にとっては魅力的でした。現地の人々がその被害を被ったことは疑うべくもありません。そしてゴリラもまた被害者でした。

暗黒大陸たるアフリカの、暗黒のジャングル。その闇に潜む悪魔――それが西洋社会によって作り上げられたゴリラのイメージです。植民地支配の陰には、それを正当化するために西洋人によって作られた「物語」がありました。その「物語」をよりリアルに想起させるために巧妙に使われたのが、「凶暴で恐ろしい悪魔」としてのゴリラです。

画像、山極寿一

「物語」を読み解くとき、作った側の視点ではなく、作られた側の視点から検討することが必要だという思いをこの文章には込めたつもりです。「物語」の裏側には、必ず作った側の意図があり、時にそれは正当化の手段として成立しているからです。

※1 芥川龍之介 桃太郎(青空文庫)

Text: 濱野ちひろ Photo: 伊東俊介

画像、山極寿一

山極 寿一 [やまぎわ・じゅいち]

1952年、東京生まれ。人類学、霊長類学者。京都大学総長。京都大学理学部卒、同大学院理学研究科博士課程単位取得退学。理学博士。カリソケ研究センター客員研究員、(財)日本モンキーセンター・リサーチフェロー、京都大学霊長類研究所助手、同大学大学院理学研究科助教授、教授を経て、2014年より現職。30年以上にわたり、アフリカの各地でゴリラの野外研究に従事。ゴリラ研究の第一人者。著書に、『暴力はどこからきたか』(NHK出版)、『家族進化論』(東京大学出版会)、『ゴリラは語る』(講談社)、『「サル化」する人間社会』(集英社インターナショナル)など。

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