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Story 3 大きな景色を眺めること

下村 健一(ジャーナリスト)

2014年8月1日 更新

下村 健一 ジャーナリスト

このコーナーでは、教科書教材の作者や筆者をゲストに迎え、お話を伺います。教材にまつわるお話や日頃から感じておられることなどを、先生方や子どもたちへのメッセージとして、語っていただきます。

下村さんは、市民メディア・アドバイザーと自称して、市民のメディア発信を支援する活動もなさっていますね。

ICT技術が進むにつれて、情報発信の形はどんどん新しくなってきています。よく、「市民メディアって、どういうメディアを指すんですか」ときかれます。いろいろな定義論はありますが、僕自身は、プロのジャーナリスト以外の手による発信は、大雑把にみんな市民メディアと総称しています。

下村 健一(ジャーナリスト)

例えば個人のブログでもYoutubeでも、「みんなに何かを知らせたい」と、情報の発信・伝達を意識しているものであれば、市民メディアと見なします。そういうプロじゃない人たちが何かを伝えようとして、でもうまく伝えられないときに、助言をするのが「市民メディア・アドバイザー」です。

情報の発信・伝達手段がさまざまに発達してきた昨今、アドバイスの内容は以前と違ってきましたか。

手段が多様になったとしても、「伝える」という点で大切なことは変わらないわけですから、基本的にはそう違いはないですね。情報の受信と発信は、文字通りキャッチボールです。エラーをせずにボールを受け止め、暴投せずに相手に届ける。そのためのアドバイスは、どんな時代でも変わらないと思います。
ただ、ツールが便利になればなるほど、その便利さの陰にひそむ危険性みたいなものは増してきますから、そういう点について「気をつけよう」とアドバイスすることが多くなっていますね。最近では、コンピュータやスマートフォンを使って、動画のライブ配信が手軽にできてしまいます。それを考えると、ニュースを紙に書いて手配りするだけの時代には全く言う必要のなかった問題点が、当然出てきます。

下村 健一(ジャーナリスト)

小さな頃から、当たり前のようにインターネットやコンピュータなどに触れてきた現代の子どもたちには、その分、伝えておかなければならないことがたくさんありそうですね。

もの心ついた頃からスマートフォンを操作してきたような子たちですからね。今の子は、鉛筆なんかと変わらない感覚でスマートフォンを使っている。でも、スマートフォンには、明らかに、鉛筆にはない危うさがあるわけです。操作のしかた以上に、この危うさについて学ぶ必要がある。意識的に教えていかないといけないことだと思います。

近年、メディア・リテラシー(※)の教育というのが、言葉としては知られてきました。けれども、これを、「新しい情報ツールの操作のしかた」を学ぶものだと捉えている人は少なくありません。もちろんメディア・リテラシーにはそういう面もあります。しかし、「新しい情報ツールを使ってキャッチボールをするために必要となる基本的な心得」を学ぶという、もう一つの面がある。コンピュータの操作方法を教えればそれでいいわけではないんです。だからこそ、メディア・リテラシーの教育は、小学校から必修化しなければならないと思います。

※ メディア・リテラシー メディアを上手に使いこなし、役立てる能力。
 

「想像力のスイッチを入れよう」を通して、子どもたちが、情報の受け止め方についての意識をもってくれるといいなと思います。

文章の最後に書いた1文に、僕の思いが集約されています。「あたえられた小さいまどから小さい景色をながめるのでなく、自分の想像力でかべを破り、大きな景色をながめて判断できる人間になってほしい。」という1文です。大きな景色を眺めるっていうのは楽しい話なんです。本当に楽しいから、やったほうがいいよと、子どもたちには言いたいですね。願わくば、この学習が終わっても、普段の生活の中で、「想像力のスイッチ」を入れてくれるようになってほしいものです。

情報を受信(取材)するときは、付箋に直接メモ。後で並べ替えて、発信する順序を構成する。
TBSのキャスター時代に取材・出演した番組のVHS。かなり捨てたが、今も手元に数百本。

もちろん、時にはスイッチをオフにしたっていいんですよ。マスコミに加えて市民メディアの世界からもさまざまな情報が発信されるようになり、僕らが触れることのできる情報は多種多様になってきた。常にスイッチをオンにして、その情報を精査していくのは大変なことです。分厚いメニューの中から、食べるものを一つ一つ選ばなければならないレストランには、毎日は通っていられません。疲れちゃいますよ。ときどきは、A定食とかB定食とかしかない食堂に行きたくなりますよね。
それと同じ。疲れた日はスイッチをオフにして、テレビで流れる最大公約数的な情報をバーッと聞いて終わりにしちゃっていいんです。ちょっと興味が出て、気力のあるときにスイッチをオンにして、自分の考えを構築していけばいいんじゃないかなと思います。

これからの展望についてお聞かせください。

僕は、ともかく、日本の社会を、情報のキャッチボールがまともにできる社会に変えたい。それが大目標です。そうしないと危ないと思っているから。そのための場や活動がどんなものなのか——古巣のテレビと再び関わるのか、全く新たな場なのかは今はわからないけれど、どんどん新しいことを考えて実行していきたいです。今、特別招聘教授として籍を置いている、ここ慶應義塾大学の研究室「NECO Lab.」にも、関西大学にも白鴎大学にも、おもしろいことを考えている学生たちがいっぱいいるので、一緒に何かできればいいなとも思っています。それがいずれ、社会変革につながるかもしれませんし。

下村 健一(ジャーナリスト)
「NECO Lab.」の掲示版には、こんなスナップも。社会変革の旗手たち?

考えてみれば、この「想像力のスイッチを入れよう」という文章も、ささやかだけど何かのきっかけになるかもしれないんですよね。将来、何かすごいことを成し遂げた人が、「自分は、小学校5年のときの授業でこの文章を読んで、変わったんだ」と言ってくれることだってあるかもしれない。それって、本当にうれしいこと。楽しみにしたいなと思います。

Photo: Shunsuke Suzuki

 
 
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小学校国語5年「想像力のスイッチを入れよう」

下村 健一 [しもむら・けんいち]

1960年、東京都生まれ。東京大学法学部政治コース卒業。1985年TBSに入社、報道局アナウンス班に所属。現場取材、リポーター、キャスターとして、「スペースJ」「ビッグモーニング」などで活躍。1999年TBSを依願退社。以後、TBSテレビ「筑紫哲也 NEWS23」「みのもんたのサタデーずばッと」等に出演を続けるいっぽう、市民グループや学生、子どもたちなどのメディア制作を支援する市民メディア・アドバイザーとして活動。2010年秋から2年半、民主・自民の3政権で内閣官房審議官等として総理官邸の情報発信を担う。東京大学客員助教授、慶應義塾大学特別招聘教授、関西大学特任教授などを経て、現在は白鴎大学特任教授。令和メディア研究所主宰。インターネットメディア協会理事。著書に『窓をひろげて考えよう』(かもがわ出版)、『想像力のスイッチを入れよう』(講談社)、『答えはひとつじゃない!想像力スイッチ1~3』(汐文社)など。    ※プロフィールは、2021年1月現在の情報です。

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