みつむら web magazine

第1回 教科書用紙のひみつ

教科書づくりの現場から

2024年7月26日 更新

1冊の教科書の向こうには、たくさんのつくり手たちの仕事や思いが存在します。教科書ができあがり、届けられるまでの現場を取材しました。

4月になると、いつも当たり前に手元に届く教科書。
インクのにおいとともに真新しいページをさらさらとめくるうちに、身の回りにある児童書や絵本とは少し違った紙が使われていることに気づいたことはありませんか。
教科書に使われている「教科書用紙」は、一般の児童書や絵本と違うどのような特徴をもち、どのような工夫によってつくられているのでしょうか。
国語や書写の教科書用紙を送り出してくださっている工場の一つを訪れて、そのひみつを教えてもらいました。

小学校国語・書写の教科書紙面の画像

教えてくださった方

武村さんのプロフィール画像

武村 裕二 さん

日本製紙株式会社 旭川工場 製造部長

北海道旭川市生まれ。入社以来39年間、製造部門に所属し、日々、紙の製造にあたる。小・中学校時代に大好きだった教科は、算数・数学。休日は、ゴルフやドライブを楽しむ。

紙の原料のひみつ

教科書用紙は、木材を細かく削った「チップ」、森林から切り出した「原木(げんぼく)」、回収された「古紙」からそれぞれ取り出される植物繊維でできる「パルプ」を原料としています。

チップの画像
チップ
広葉樹(右の山)・針葉樹(左の山)の2種類のチップがある。それぞれのチップから製造した「化学パルプ」の組み合わせ方しだいで、その後できあがる紙の強度やしなやかさが異なってくる。
原木の画像
原木
主として、北海道内の間伐材や植林材(針葉樹)が使われている。ここから決められた長さに切断され、水路を利用して工場内に運ばれて、「機械パルプ」を製造するための工程に進む。(画像は、水路に浮かぶ丸太)
古紙の画像
古紙
新聞や雑誌など、北海道内の家庭から回収された古紙を原料としている。ベルトコンベアで工場内に運ばれ、「古紙パルプ」が製造される。古紙が原料の一部として使われている紙は、一般的には再生紙とよばれる。

化学パルプの画像
化学パルプ
薬品とともにチップを煮込み、木材繊維だけを取り出した後、ごみやちりなどを取り除き、漂白を経て、「化学パルプ」となる。広葉樹の化学パルプを使った紙は白くてしなやか、針葉樹の化学パルプを使った紙は白くて強いものになる。
機械パルプの画像
機械パルプ
グラインダーとよばれる巨大な“すりおろし機”に丸太を投入し、砥石に押し付けることによって削り、すりつぶして、画像のように「機械パルプ」を製造する。機械パルプを使った紙は、裏写りしにくく、厚みを出しやすいものになる。
古紙パルプの画像
古紙パルプ
薬品を使って溶かした古紙から、ごみやちりを取り除く。洗剤を入れて、空気の泡とともに洗濯機のようにかき混ぜることで、インクや塗料などの不要物を泡に吸着させて取り除く。その後、漂白を経て、「古紙パルプ」となる。古紙パルプを使った紙は、裏写りしにくいものになる。

武村さんのプロフィール画像

武村さん

なぜ、パルプを4種類も使うのか、不思議に思う人もいるかもしれません。これは、つくろうとする紙の特徴と深くかかわっています。国語や書写の教科書用紙として重要視されている、裏写りしないこと、丈夫であること、重くなりすぎないこと、長く読んでも目が疲れにくい色合いであること。これらすべてを兼ね備えた品質の高い紙をつくるには、4種類のパルプを配合して使う必要があるのです。

紙の製造には、木が必要です。私たちは、適切に管理された森林のチップ、自社の植林材や間伐材を原木として使用するなど、気候変動対策に配慮した原材料調達にも努めています。旭川工場は、北海道の内陸部に位置しているので、こうした地域の原材料を調達しやすくなっています。

紙のつくり方のひみつ

紙を製造することを「抄造」とよびます。
教科書用紙の抄造は、大きく以下の六つの工程に分かれています。

1.ワイヤーパート

ワイヤーパートの画像

ワイヤーとよばれる網状のシートの上にパルプを均一に噴射する。ここで噴射されるパルプは、水分99%・パルプ1%の状態。その後、目の細かい網に乗せることで水分80~85%ほどまで脱水し、紙層を形成させる。(画像は、ワイヤー上にパルプが噴射されていく様子)

2.プレスパート

プレスパートの画像

フェルトにパルプを密着させて、2本の大きなロールではさみ、さらに脱水を行う。この工程で、水分55~60%程度となる。

3.ドライヤーパート

密閉されたフード内で、蒸気を通した高熱シリンダ―の表面に圧着させて、水分5~6%ほどまで乾燥させる。

4.コーター

コーターの画像

表裏に塗工液を塗布し、光沢度や印刷適性を上げる。この塗工液を乾かすため、再びドライヤーによって乾燥させる。

5.カレンダー・リールパート

カレンダー・リールパートの画像

数本の金属製ロールを通して、平滑・厚さ・光沢の度合いを調整する。旭川工場のマシンでは、厚さを維持しながら高光沢、高平滑の紙をつくることができる。その後、リールで巻き取る。(紙の幅は、人が手を広げた長さの4倍ぐらい。画像に写っているのは工場の技術を支える鈴木さん。)

6.仕上げ工程

決められた大きさに紙を切り分けながら巻き取り直し、出荷できるように包装していく。主に船で、北海道から東京の倉庫へ運ばれた後、教科書を印刷する工場へはトラックで納入される。

武村さんのプロフィール画像

武村さん

旭川工場には、上の1~5の工程を一連の流れでこなすことのできるマシンが備わっており、時速54kmほどの速さで紙をつくることができます。例えば、一つの学年の国語教科書の1年分の冊数をつくるのに必要な紙を30時間で抄造することができる速さです。時間だけを見ると、機械であっという間にできあがるように感じられるかもしれません。でも、この裏側には、パルプの製造から紙をつくりあげるまで、100人以上のスタッフがそれぞれの専門知識や経験をもとに行う判断や調整という“人の力”があるのです。

正直なところ、教科書用紙に求められる品質は、その他の印刷用紙に比べて格段に高いものだと感じています。例えば、書写の教科書は、鉛筆での書き込みを推奨しているため、用紙の表面は少しざらざらしているものが好まれます。そのいっぽうで、印刷時の発色のことを考えると、ある程度の光沢も必要となり、これを確保しつつも鉛筆で書き込みやすい紙質を保つには、熟練の調整力が求められます。機械では難しいそうした調整には、やはり人間の目や調整力が欠かせません。

ここまで見てきていただいたように、紙の抄造には、大量の水とともに、大きな電力や蒸気が必要です。そこで、旭川工場では、パルプの製造工程で出る薬品や、北海道内から回収する木くず、廃タイヤなどを燃料としたバイオマスボイラーによって、工場内の電力・蒸気をまかなっています。工場の自家発電比率は、現在、90%以上です。紙づくりに欠かせない森林を守るためにも、未来を担う子どもたちのためにも、地球環境への負荷ができるだけ小さくなるようなこうした取り組みも続けていきたいと思っています。

つくり手からのメッセージ

武村さんのプロフィール画像

武村さん

教科書は、子どもたちの学びにとって欠かせないものであり、扱いやすく、読みやすいものでなくてはなりません。そのため、教科書用紙には非常に高い品質が求められます。私たちはそれを実現すべく、日々、子どもたちの姿を思い浮かべながら、緊張感と責任感をもって製造に携わっています。そして、そのことを通して、教育関係者の皆さまのお手伝いをさせていただいているとも自負しています。

光村図書さんが求める品質基準は時に厳しいものではありますが、その分、現場スタッフみんなで試行錯誤を重ねて、認めてもらえたときの喜びはいいようもなく大きく、誇らしさも感じます。

今後も、子どもたちに笑顔を届けられるような教科書づくりの一員として、社会に貢献していけたらと思っています。

関連記事

記事を探す

カテゴリ別

学校区分

教科別

対象

特集