
教科書づくりの現場から
2025年1月24日 更新
1冊の教科書の向こうには、たくさんのつくり手たちの仕事や思いが存在します。教科書ができあがり、届けられるまでの現場を取材しました。
4月になると、いつも当たり前に手元に届く教科書。
美しい表紙をめくって、色鮮やかなページを繰ると、漂ってくるのはインクのにおい。
第1回では教科書用紙のさまざまな工夫をご紹介しましたが、実は、印刷にも教科書のための配慮や工夫が数多く求められます。
光村図書の教科書の印刷を担ってくださっている印刷所の一つ、協和オフセット印刷株式会社を訪ねて、そのひみつを教えてもらいました。
教科書の印刷に関わるひみつのうち、今回は、実際に印刷機で印刷する前に行う下準備についてご紹介します。
印刷前の下準備は、大きく以下の三つの工程に分かれています。
目次
画像の調整
教えてくださった方

画像の調整を担当されている皆さん
協和オフセット印刷株式会社 生産本部 制作部DTP課
左から、小林龍平さん、佐藤学さん、児玉強二さん。
「仕事をしていてうれしかったのは、データ修正に時間がかかった画像を、予定よりも大きく使ってもらえたとき。ご褒美をもらったような気分でした」(小林さん)
「修正に苦労した画像が載った教科書を自分の子どもが使っているのを見ると、『もうちょっと丁寧に扱ってよ!』と言いたくなります(笑)」(佐藤さん)
「昔、仕事中に、知り合いの子の写真が教科書に載っているのを発見して、思わず社内で自慢したくなったけれど、大人なのでぐっとこらえたことがあります」(児玉さん)
画像調整のひみつ
教科書のデータは、主に教科書会社の編集部・教科書のデザイナーが作成しますが、そのままでは印刷機での印刷には使えません。そのため、印刷所内で、これを印刷可能なデータに仕上げていきます。
編集部から写真やイラストなどの画像データが届いたら、まずはその調整に入ります。ここでは、届いた画像データの色補正や切り抜きなどの加工、それから、手描きの挿絵原画などをスキャンして適切なデジタルデータに変換するといった作業を行います。

スキャナで取り込んだ挿絵の画像データの調整を行っていく。
実は、手描きの原画は、「スキャナで取り込めばそれでOK」というわけにはいかず、取り込んだ画像データをさまざまに調整しなければ、印刷に使えるデータにはなりません。画面上で見る色合いと、インキを使って紙に印刷するときの色合いは、微妙に違います。実際に印刷されるときのことを想定しながら、より原画や編集部のイメージに合うように色を調整していくことが必要です。
その後、画像データの状態や色合いが適切に修正されているかをチェックしてもらうために、インクジェットで印刷したものを編集部に提出します。編集部では、必要があれば修正指示を入れて印刷所に戻し、印刷所ではさらにデータの修正を行う……というやり取りを重ねたうえで、最終的な画像データができあがるというわけです。

掲載されている挿絵の原画。
ここに使われている鮮やかなエメラルドグリーンやオレンジなどの色は、
印刷での再現が難しいとされている。


ごみ取りや色補正の他にも、編集部からの指示に応じて、画像の切り抜きや合成などを行うこともあります。例えば、画像の中から人物だけを切り抜くような場合には、不自然な見え方にならないよう、髪の毛の1本1本まで細かく丁寧に選択して切り抜いていきます。最近では、画像編集アプリにもAIが搭載され始めて、自動選択の精度はだいぶ上がってはきましたが、それでも、髪の毛などのような細かい部分にはまだ対応できていませんので、そこはやはり人間の手が必要です。その点では、担当者には、画像編集の技術やその鍛錬が求められます。
ただ、こうした技術だけでは務まらないなと思うことも、多々あります。特に色補正のときに、編集部からの修正指示を適切にくみ取って、データ修正に反映するような場面です。
例えば修正指示に「少し明るく」とあったときに、それをどう解釈するのか。全体の色の濃度を下げる、藍色の数値を下げる、黄色の数値を上げる……など、「明るく」見えるようにするための調整方法はさまざま考えられますし、人によってその感じ方も違います。そのなかで、編集部の方とこれまでやり取りしてきた経験をもとにその意図をくみ取り、修正の方向性を適切に判断しなければなりません。今後どんなにAIの技術が進んだとしても、ここでは人間の意思が欠かせませんし、この仕事でもっとも重要なことの一つだと思っています。
つくり手からのメッセージ
画像データの色一つをとっても、教科書というのは、印刷で表現しうるぎりぎりを目ざした品質が追求されているものだと思います。長く継続して使われることもあって、難易度の高い修正が発生することも多いのですが、高い技術を求められることは、実は担当者としてはやりがいにつながっています。
編集部の意図をくんで色補正の方向性を適切に判断することは、何年勤めていても難しいものですし、時にはチーム内で相談するなど、苦労することも少なくありません。でもそのぶん、例えば表紙のイラストを、1回でぴたりといい色合いに調整できたときなどは、思わずガッツポーズをしたくなるほどしびれるものを感じます。
現在の印刷技術で再現できる中での最高の教科書をたくさんの子どもたちに届けるために、今後もたゆまず技術と経験を積み重ねていきたいと思います。
ページの配置(面付け)
教えてくださった方

ページの配置(面付け)を担当されている皆さん
協和オフセット印刷株式会社 生産本部 制作部DTP課
左から、小池辰明さん、白田健さん。
「正確さと速さが大事な工程だと思っています。ミスがないことはもちろんですが、同時に、効率も追求した仕事をしていきたいですね」(小池さん)
「とにかく間違いのないように確認することが必要で、気を張ることが多い作業です。でも、多くの子どもたちが使ってくれることを思うと、そのぶん達成感があります」(白田さん)
面付けのひみつ
この工程では、編集部から届いたレイアウトデータを加工して、印刷用のデータを作っていきます。
まずは、印刷で不具合を引き起こしそうな箇所がないか、全ページのデータを確認します。
例えば、色。印刷機での印刷では、文字の色を含めたすべての色が青・赤・黄・黒の四つの色の組み合わせで表現されます。仮にもし、データの中にそれらの色の組み合わせではない特別な色が使われていた場合、その部分は印刷されずに色が抜けることになってしまうからです。
1ページずつ、人の目で見ながらチェックしていき、問題がないことがわかったら、1ページごとにPDFに書き出しておきます。
次は、「面付け」の作業へと進みます。
身の回りにあるプリンタで1枚の紙に1ページ分を印刷するのとは違って、一般的に、印刷所にある印刷機では、1枚の大きな用紙の表裏に、8ページずつや16ページずつなど、複数ページをセットにして一度に印刷を行います。そうして印刷された大きな用紙を決められた折り方で折っていくと、順番どおりにページが並ぶ、という設計になっているのです。そのために、1枚の用紙に印刷される各ページの配置や向きについても、ルールどおりに正しく並べる必要があります。これを「面付け」といい、印刷された1枚の用紙を折ってできたページのまとまりを「折」とよんでいます。

例えばこの見本のように、
折ったときに順番どおりにページが並ぶように
配置や向きを設定しなければならない。
教科書ごとに仕様が異なるため、
それによって面付けのしかたも異なってくる。

印刷物によって条件が細かく異なるため、この作業はすべて
人が確認しながら、一つ一つ行う必要がある。
ここでは例として、B3サイズの用紙1枚に4ページの単位で面付け。
製本時の落丁防止のためのマークもこの段階で貼り込む。

1ページずつ書き出しておいたPDFを、
設定したページ番号どおりの
配置・向きになるよう自動で貼り込んでいくことで
面付けデータが完成。
これを再度、PDFで書き出す。

インクジェットで印刷し、
編集部からデータと一緒に届けられている原稿見本の
同じページとつき合わせて検査する。
インクジェットで印刷したものを下に敷き、その上に見本を載せ、
見本をめくりながら差異がないかを慎重にチェックしていく。
これを「あおり検版」とよぶ。
問題がなければ、インクジェットで印刷したものを
編集部に渡してあらためて確認を取る。

色についての確認も取る必要があるが、
一般的なインクジェットでの印刷は、
本番の印刷とはインキも紙の質や色も違うため、
教科書の印刷とは違いが出てしまう。
その違いを少しでも小さくするために、
本番の印刷機の色の出方や紙の色をデータ化してインプットした
特別なインクジェットが導入されている。
本番の色の表れ方を可能なかぎり再現した
インクジェット印刷によって、
実際の教科書紙面に近い色の出方での
確認ができるようになっている。
この後、編集部の確認によって修正が必要になった場合には、面付け前のレイアウトデータに遡って修正を行います。データの修正後は、あらためて面付けデータを作成したうえで、修正箇所を確認します。
最初の面付け後の確認では、人の目による「あおり検版」を行いましたが、2回目以降は、修正前のデータと修正後のデータをつき合わせて、差異がある箇所を色付きで示してくれる専用のアプリを使った「デジタル検版」をメインに行っています。
これにより、確認作業を効率化すると同時に、作業者の意図しないところでデータを書き換えてしまったような箇所にも気づくことができるようにしています。
必要に応じて、編集部での確認と修正を重ね、編集部からの最終OKが出たら、ここでデータは確定となります。
面付け用の台紙データを作成するときには、製本時の落丁防止のためのマークを入れる作業も行います。製本所でそれぞれの折を丁合(ちょうあい)するときに、別の学年や別の巻の印刷物がまぎれてしまわないように、そして正しい順序で並ぶように、ぱっと見てすぐにわかるマークを折ごとに入れておくことで、丁合作業をしやすくしています。一般的な書籍では使われることのないマークもあって、正確性が求められる教科書の製作だからこその工夫だなと感じています。
データが同じであっても、使う印刷機や紙の色が違えば、色の表れ方が違ってしまうのが印刷というものです。ですから、厳密にいえば本番の印刷機と紙で刷ってみるまではわからないとはいえ、それでも、実際の印刷の色をシミュレートした特別なインクジェットのおかげで、色の見当をだいぶつけやすくはなりました。あくまでもシミュレーションではあるのですが、色の調整を行ううえで、大きな助けになっています。
ただ、このインクジェット自体も、日々使ううちに、多少なりとも色の出方がずれてくるものです。そこで弊社では、毎週月曜日、これを使って色の見本を印刷し、その色の出方を数値化してチェックしたうえで、業務に入るようにしています。数値としては、一般的な印刷で適正とされるものよりさらに厳しいレベルを目ざしており、それに満たない場合には、インクジェットの設定を調節します。いってみれば、機械の健康診断のようなものですね。そのようにして、この段階での精度をより高めることが、本番の印刷機での質の向上にもつながるのです。
つくり手からのメッセージ
この工程で確定となった面付けデータは、この後はもう、内容まで遡ってチェックされることはありません。仮に間違いがあったとしても、気づかれないまま、本番の印刷機での印刷に入ってしまうのです。本番の印刷機で印刷してしまってから間違いが見つかり、印刷のし直しとなっては大変です。そのため、ここでは、面付けデータ確認の“最後の砦”として、人の目と、それから機械の力も借りながら、何度も丁寧な確認を行っています。
面付け用の台紙データを作成するところなど、どうしても自動ではできない部分は、人の手で、特に慎重に作業を進める必要があります。作業後に自分で確認をして、台紙の設定を間違えていることに気づく、という経験をしたこともありますが、あのときは本当にひやっとしました。とにかく「念には念を入れて」という作業を常に心がけています。
本番の印刷機での印刷が始まってもまだ、「何かあるのでは」と気が抜けませんし、いつもひやひやしているのですが、でも、自分が携わったものがたくさんの子どもたちに使ってもらえること、そしてそんな仕事に長く関わることができていることには、うれしさを感じています。これからも関わり続けられるよう、機械だけではなく、自分たちも進歩していくために勉強を積み重ねていきたいなと思っています。
刷版の作成
教えてくださった方

刷版の作成を担当されている皆さん
協和オフセット印刷株式会社 製造本部CTP課
左から、井出英治さん、平井優輔さん、小島竜治さん。
「自分が手がけた刷版でできあがった教科書がたくさんの子どもたちの手に渡るのですから、よいものづくりを継続していかなければいけないなと、つねづね思います」(井出さん)
「自分の子どもがちょうど、光村図書さんの教科書を使っています。自分が製作に関わったものを使っている姿を見ると、しみじみとうれしさが込み上げてきます」(平井さん)
「デジタル化によって、昔に比べたら、数値を変えることで細かな調整がしやすくなりましたが、その数値を決めるのは人間。最終的に経験値が必要になるのは、今も昔も変わっていないのかもしれません」(小島さん)
刷版のひみつ
この工程では、面付けデータを使って、印刷用の“はんこ”である「刷版(さっぱん)」を作ります。
といっても、面付けデータがそのまま使えるというわけではありません。例えば、B3の用紙サイズに4ページ分で面付けされたデータを2面使って、B2サイズ8ページ分の面付けデータを作るなど、まずは実際に使う印刷機や用紙サイズなどの仕様に合わせて、ここでさらに細かい設定をする必要があるのです。印刷機が自動で位置を合わせるためのマークなども、この段階で貼り付けていきます。
ところで、印刷機での印刷ではどのように色の濃淡を表現しているか、その仕組みをご存じでしょうか。
印刷物を拡大してよく見てみると、青・赤・黄・黒の4色の小さな四角い点がいくつも印刷されていることがわかります。この一つ一つの点を「網点(あみてん)」といい、印刷物の色は、4色の網点の重なり方による色の見え方の違いによって表現されています。
面付けデータから、この4色の色ごとに版を分けたデータを作成します。多色刷りの木版画のように、青を使う部分だけの版、赤を使う部分だけの版……などと、色ごとに分けた四つの版のデータを作成するのです。このデータを使って、1枚の用紙の印刷に必要な四つの刷版を作るというわけです。


刷版の作成には、厚さ0.3ミリほどのアルミの板を使います。板の片面には光に反応する緑色の感光液が塗られているため、その面の、インキが付く部分だけにレーザーを当てて感光膜を定着させることで、印刷したい部分が緑色に残されることになります。この仕組みを利用して、一つの面につき4色それぞれの刷版を焼き付けていきます。


刷版は、大量に印刷を重ねるうちに、徐々に、インキをつけたい部分にインキが乗りにくくなっていきます。アルミの板でできていることから、印刷の一時休止のときなどに酸化が進み、表面の状態が変わってしまうこともあります。このアルミ板は、30万部の印刷に耐えるように作られているものですが、教科書の印刷では、万一の印刷の欠けなどを防ぐために、そして、どのページも同じ品質で印刷するために、10~15万部程度で、新品の刷版に切り替えたうえで印刷を続けるようにしています。
いちばん初めの工程からずっと時間をかけてきている色の調整ですが、ここでも、網点の大きさの数値を加減することで、ある程度であれば対応することができます。印刷の工程で色のイメージどおりに印刷できない場合には、前の工程まで戻らずに、この段階で微調整することもあります。印刷機ごとに網点の印刷のされ方が違い、“癖”みたいなものがありますから、前の工程で作成したインクジェット印刷と比べながら、その癖に合わせて、これまでの経験も考慮に入れながら人間が調整していきます。この仕事では、この癖をつかむことが大事なのですが、そこがなかなか難しいところでもあります。
教科書の製作には、何をおいてもまず大量の印刷が必要ですから、1冊分のページを必要部数印刷するのに長時間を要します。それに対して、印刷に使うインキも紙も、実は、気温や湿度の影響を受けやすいため、その環境が大きく異なる夏と冬では、状態も大きく違ってきてしまいます。しかし、同じ1冊の中では、できるだけ印刷の調子や色の出方はそろっていてほしいですよね。このせめぎ合いの中で、可能なかぎり印刷物を一定の品質に保てるよう、同じデータを使いながらも調整や管理を行うのが、私たちの仕事だと思っています。
つくり手からのメッセージ
画像調整や面付けの工程でも、刷版の工程でも、色についてはずっと調整を重ねてきています。そんなふうに丁寧に進めてきても、本番の印刷機でそれとまったく同じ色を出すことは簡単ではありません。先ほどもお話ししたように、インキも紙も、ささいな環境の変化にも影響を受けてしまう繊細なものですし、印刷機も、個体によってさまざまな癖があるからです。本当に、印刷って難しいなと思います。でも、そんななかでもどうにかして、それがいつでも同じできばえになるように管理をしなければなりませんし、そうしたいとも思っています。
そのための工夫の一つとして、前の工程でインクジェットに対して行っているような“健康診断”を、印刷機に対しても定期的に行い、状態や癖を確かめることに取り組んでいます。印刷機ごとに、色味の再現状態をチェックし、大きくずれている場合は修理を依頼するなどして、日々の仕事に備え、生かせるようにしています。
こまめにチェックを行うのは大変なように見えるかもしれませんが、まったくそんなことはありません! 作業がデジタル化される前のアナログの時代には、毎回のできばえにずれが出ないよう、刷版を焼き付ける機械のチェックを、毎日、行っていたからです! この機械がよく狂うんです。適正基準に収まる数値が出なければいつまでも、焼き付け作業に入ることはできません。今も人間の経験値に頼るような難しい場面はありますが、あの時代を思えば、ずいぶんと作業がしやすくなりました。長くこの仕事を続けていると、時に、冒険してみたい心持ちになることもあったりします。でも、たくさんの子どもたちが使う教科書にとっては、つねに一定の品質を保つことが何より重要です。それをかなえるためにも、私たちは、日々、経験を積みながら、難しい印刷に挑んでいきたいと思っています。
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