2025年9月12日 更新
光村図書 広報部
教育情報誌「とことば」は、竹を100%原料とした竹紙(たけがみ)に印刷しています。竹紙を生産している鹿児島県の工場や、竹の生産農家を訪れ、さまざまな工夫や苦労話をおうかがいしました。
目次
竹紙は世界で唯一の国産竹100%の紙
教科書をはじめ、ほとんどの書籍やノートなどは、針葉樹や広葉樹などの木材を主な原料としたパルプから作られています([参考]教科書用紙のひみつ)。
光村図書が2025年に創刊した教育情報誌「とことば」は、こうした木材由来の紙ではなく、竹を100%原料とした「竹紙」に印刷しています。竹の繊維は細くて長いので、独特のハリや風合い、存在感があります。また、表面が滑らかで字が書きやすいため、ノートなどの製品も開発されています。
さらに、竹紙は、森林や里山の保全再生、生物多様性の保全に役立つとともに、竹に新たな価値を生み出し、地域経済にも貢献しています。
かつて竹は、かごなどの生活用品を作るうえでとても重要な資源として各地で栽培されてきましたが、近年はプラスチックなどの代替材料にとって代わられてきました。そのため、あちこちで竹林が活用されずに放置されるようになり、隣接する森林や里山が侵食され、生態系が崩れて生物の多様性が低下するということが日本全国で起きています。
竹を伐採しても持って行く場がなく、燃やすか粉砕して土に戻すしかないが、そこまでの手間や費用がかけられない。
こうした困りごとが、竹林面積では全国1位の鹿児島県に製紙工場をもつ中越パルプ工業(株)川内工場の社員の耳に聞こえてきました。そこで、一人の社員が、地元の人を助ける方法は何かないかと“自分事”として考え、会社命令ではなくボトムアップの取り組みとして、竹を製紙原料にする研究を始めました。
竹は、木と同じ繊維でできているので、紙の原料にできるという予想はありました。しかし、さまざまな壁が立ちふさがります。
- 竹は木材に比べて成長は早いが、空洞部分が多いなど、製紙原料としては効率が悪い。
- 材料の竹を集荷するシステムがない。
- 木に比べて硬く、チップにするための機械の刃のメンテナンスが負担となる。
こうした課題を一つ一つ試行錯誤しながら、邪魔者扱いされていた竹が製紙原料になりました。その10年近く後、2009年には国産竹を100%原料とした紙「竹紙100」が誕生したのです。
日本の竹100%を原料とした竹紙は、世界でも、ここだけでしか製造されていません。

付けられる竹紙認証マーク
鹿児島県さつま町の三腰初二(みこし はつじ)さんは、竹紙の原料となる孟宗竹(もうそうちく)をチップ工場に納入しているたけのこ農家です。ふだんは、およそ1ヘクタールの竹林でたけのこを生産し、東京などへ出荷しています。
たけのこの生産量を上げるには、毎年、5年生以上の古い竹を間伐する必要があります。この間伐された竹の使い道がなく、これまでは放置されたままでした。
中越パルプ工業では、この間伐竹をたけのこ農家から買い取る仕組みを構築したことで、竹林の維持と地域への貢献を実現させています。
現在、三腰さんのように間伐竹を納入している農家は200軒余り。しかし、高齢化が進み、年々数を減らしているそうです。三腰さんも跡継ぎのことで頭を悩ませていると話してくれました。
この取材の日には、東京農工大学の学生である木村将成さんも、見学に訪れていました。
木村さんは、森林や竹林など里山資源の持続可能な管理について、社会学・経営学的視点から研究しているそうです。
「竹は放置すると竹害と呼ばれる問題を引き起こす一方、継続利用によって多面的機能を発揮する資源。その竹を国内で最も活用しているのが中越パルプ工業さんの竹紙事業であることがわかり、現場を学びたいと思いました」と見学をお願いしたそうです。
木村さんは、竹紙の価値を社会に伝え続けている中越パルプ工業の西村修さんや、中越パルプ木材(株)で紙の原料や燃料確保に携わっている原田大五さんの説明を聞きながら、小規模分散の竹資源を伐採・集荷・加工する過程に多くの人が関わっていることを実感。
また、三腰さんのようなたけのこ農家が高齢化のために減少することで竹材供給が減っている現状を知り、課題解決に自分も関わりたいと感じたそうです。
そして、「竹紙に限らず、身近な製品の背景に目を向ける消費行動が広がれば、地域資源を生かした持続可能な循環が生まれると考えます。今後も地域の自然に誇りをもてる社会づくりに貢献していきたい」と、見学で多くのことを学んでいました。
間伐された竹のうち、直径6㎝以上のものが2mに切りそろえられ、それぞれの農家から最寄りのチップ工場に運ばれていきます。竹をチップに加工する工場は、現在、鹿児島県内に6か所あります。
工場までは各農家が直接納入するため、コスト削減にもつながっています。運び込む時期は、農繁期や台風などの季節を避けた11月~3月です。
最盛期には年間2万トンの納入があったそうですが、たけのこ農家が減ってきたこともあり、現在ではおよそ1万トンになっています。ただ、竹紙の生産に関しては十分な量を確保できているそうです。
チップ工場の一つである薩摩川内市の(有)森木材は、現在の森大輔さんまで3代にわたって工場を運営しています。主に近隣で伐採される国産材を原料に、中越パルプ工業向けの製紙用、バイオマス発電用の木材チップを製造している工場です。
【動画】竹を細かく砕き、チップを製造する工程
中越パルプ工業では、竹紙を製造するにあたり、森さんをはじめ地域の製材会社に竹をチップ化できないか相談しました。しかし、竹はスギやヒノキなどの木材に比べて硬く、それまで使用してきたチッパー機の刃ではすぐに摩耗して切れ味が悪くなってしまいます。
そこで森さんたちは、耐久性を持ち合わせた高価な刃を選定し、安定した竹チップづくりが可能になりました。それでも、通常の木材で使用する刃は1~2日に1回交換するだけでいいのですが、竹用の刃は1日4回も交換する必要があるそうです。
森さんは、「普通の木材に比べれば手間がかかるけれど、放置されている竹林が少しでもなくなれば、地域への貢献になります。そのために、これからも竹チップの生産は続けていきます」と話してくれました。
チップ工場で作られた竹チップは、薩摩川内市にある中越パルプ工業の川内工場に集められます。
ここでは1日におよそ760トンの紙製品が作られています。
川内工場は、全国で三つしかないバッチ釜とよばれる設備を有しており、これが竹パルプを作るのに適しているのです。
同工場では、紙を作る過程で発生する廃液を捨てることなく主燃料として活用することで、化石燃料の使用を極力減らしています。製紙工場では、当たり前に実施している環境負荷への軽減策がたくさんあるようです。
竹紙の製造も、こうした環境との調和を目ざす工場ならではの取り組みです。
今回、竹紙のふるさとを案内してくださった中越パルプ工業の西村修さんは、「竹紙を作ることは、放置竹林対策の抜本的な解決にはならないし、森林伐採が減少するということにも直接はつながりません。でも、社会的課題に触れたときに“自分事”として行動し、それによって生まれた竹紙を知ってもらうことは、みんなが自ら考えて行動する糸口にはなるのではないかと信じています」と話し、竹紙がみんなの意識を変える突破口の一つになることを願っていました。