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第4回 秋は「きのこ」の季節

方言を味わう

2023年9月7日 更新

木部暢子 人間文化研究機構 機構長

方言を研究されている木部暢子先生が、全国各地のすてきな方言をご紹介します。

第4回 秋は「きのこ」の季節

秋は「きのこ」の季節です。日本には、およそ200~300種の食用キノコがある(※1)と言われますが 、食卓で馴染みの深いのは、シイタケ、マツタケ、エノキタケ、マイタケ、ヒラタケ、シメジ、エリンギ、ナメコ、キクラゲなどです。気をつけなければいけないのは毒きのこで、ドクツルタケ、ベニテングタケ、ツキヨタケ、ワライタケなど、やはりたくさんの種類があります。

これらの「きのこ」の名前を見て、「何か変だな」と感じることはないでしょうか。そうです。「きのこ」なのに「~タケ」という名前をもつ品種がたくさんあります。なぜなのでしょうか。
じつは、古くは「きのこ」のことを「タケ」と言っていました。平安時代に作られた『和名類聚抄』という辞書では、「きのこ」をあらわす漢字「菌茸」に「多介(タケ)」という和名がついています(※2)。室町時代になると、「キノコ(木の子)」という語が生まれ、単独の「タケ」は使われなくなりますが、シイタケ、マツタケなどの個別の名前の中に「タケ」が生き残ったのです。三重県や兵庫県、岡山県、鳥取県、島根県には今でも「きのこ」の総称として「タケ」を使う地域があります。

「きのこ」の方言で忘れられないのが、鹿児島で方言調査をしていたときの経験です。ある調査の中で「きのこ」の方言を尋ねると、「ミンチャバ」という答えが返ってきました。私にとっては初めて聞くことばだったので、「え? なんですか、それ」と聞き返すと、話者のかたが「耳の形に似ているでしょう。だから、ミンチャバ」と説明してくれました。それで「ミンチャバ」の「ミン」は「耳」だということは理解できたのですが、では「チャバ」は?
そのときに思い出したのが、以前、父から聞いた、行商のおばさんが「まったけー なばー」と言って「きのこ」を売りに来たという話です。これには独特の節回しがついていて、それで父の記憶にも残ったのだと思います。
私の故郷は福岡県の北九州市ですが、北九州市に限らず、九州全体で「きのこ」を「ナバ」と言います。「ミンチャバ」の「チャバ」は「ナバ」ではないか。「ミミナバ(耳きのこ)>ミンナバ>ミンニャバ>ミンチャバ」と変化したのが「ミンチャバ」ではないか。このときストンと腑に落ちたのです。耳に形が似ている「きのこ」、つまりキクラゲのことだということもわかりました。

「ナバ」は鎌倉時代の『名語記』という辞書に「茸を、鎮西などには、なばといへり」と出てきます。鎮西は九州を指します。京都では、昔から九州方言の「ナバ」が知られていたようです。「ナバ」は現在、広島県から沖縄県にかけての広い地域で使われています(※3)。
ついでにいうと、「まったけー なばー」の「まったけ」も、「松茸」ではなく「きのこ」を指します。現在は近畿地方で「マッタケ」が「きのこ」の総称として使われています。あるいは、あの売り声は京都あたりから伝わり、それに九州方言の「ナバ」をつけ加えたものなのかもしれません。

※1 日本大百科全書(ニッポニカ)(JapanKnowledge)「キノコ」の項目による。
※2『二十巻本和名類聚抄』[古活字版]巻16・飲食部第24・菜羹類第211・18丁裏4行目「菌茸 崔禹錫食経云菌茸[而容反上渠殞反上声之重爾雅注云菌有木菌土菌石菌和名皆多介]食之温有小毒状如人著笠者也」([ ]は割注)(国立国語研究所「日本語史研究用テキストデータ集」による)
 ※3 国立国語研究所『日本言語地図』第5集245図

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木部暢子(きべ・のぶこ)

1955年福岡県生まれ。人間文化研究機構機構長。九州大学大学院文学研究科修士課程修了。博士(文学)。専門は言語学、日本語方言学。著書に『そうだったんだ日本語 じゃっで方言なおもしとか』(岩波書店)、『方言学入門』(共著、三省堂)など。

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