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第5回 おなごだまかし

方言を味わう

2023年11月15日 更新

木部暢子 人間文化研究機構 機構長

方言を研究されている木部暢子先生が、全国各地のすてきな方言をご紹介します。

第5回 おなごだまかし

鹿児島の方言に「おなごだまかし」という言葉があります。「おなご」は「女」、「だまかし」は「騙すこと」で、直訳すれば「女騙し」です。と言っても、危ない話ではありません。秋になって急に寒くなったあと、再び暑さが戻ってくるような天候を言います。
由来は、急に寒くなったので主婦が急いで着物や布団を冬物に替えたところ、暑さが戻ってきて、夏物がまた必要になってしまった。せっかく入れ替えが終わったところなのに、「女を騙すような天気だ」という意味です。この時期、鹿児島では次のような会話があちこちで聞かれます。

こんまえん さんさは おなごだまかしじゃったねー。

また ぬき なったが。

(この前の寒さは、おなごだまかしだったねえ。また暑くなったよ。)

現在の衣替えは、衣類をクリーニングに出して、布団を冬物に入れ替えるくらいで、そんなに手間がかかりませんが、昔の衣替えは大変でした。着物は洗い張りをし、布団は打ち直しをします。洗い張りでは、着物をいったん解いて汚れを洗い流し、竹ひご(伸子)でしわを伸ばして天日で乾かし、もう一度仕立て直しをします。1960年ごろまでは、秋の天気のいい日に洗い張りをする風景が各地で見られたものでした。

国立国語研究所『日本言語地図』第59図によると、能登半島と中国・四国西部、九州北部では、「洗濯する」を「裁縫する」の意味で使うようになっています(※1)。洗い張りでは、「洗濯」と「裁縫」が切っても切れない関係にあります。そのため、この地域ではこのように言うようになったのだと思われます。

洗い張りの作業では、布をきれいに仕上げるために、洗濯のあと、糊を付けて天日干しをします。その糊つけの日をフクロウが教えるのが秋田から島根にかけての日本海沿岸地域です。『日本言語地図』第299図は梟の鳴き声をどのように言うかの地図ですが、これらの地域のフクロウの鳴き声は、「ノリツケホーセー」となっています(※2)。「(明日は天気だから)糊をつけて干しなさい」という意味の聞きなしです。

柳田国男の『野鳥雑記』は、鳥の名前や鳴き声にまつわる伝承、昔話を収録した書物ですが、フクロウの鳴き声について「ホホという高い声の部分が、何だかホーセとも聴えるので、その他の低い声のぐずぐずとした部分を、糊附けとでもいうのだろうかと、想像してみた」と書かれています(※3)。このような聞きなしは、室町時代、すでにありました。『虎明本狂言』「梟」には、フクロウに乗り移られた山伏が「ほほん、のりすりおけ」と鳴く場面が出てきます(※4)。曇りの日の多いこの地域では、晴れて欲しいという希望もあって、フクロウの声の聞きなしが今も方言に残っているのかもしれません。

話がだいぶそれましたが、とにかく昔の衣替えは大変だったということです。それを考えると、主婦たちが「騙された!」と怒るのも無理のないことのように思われます。

※1 国立国語研究所『日本言語地図』第2集(1967年)
https://mmsrv.ninjal.ac.jp/laj_map/

※2 国立国語研究所『日本言語地図』第6集(1974年)
https://mmsrv.ninjal.ac.jp/laj_map/

※3 柳田国男『野鳥雑記』(「柳田國男全集 第十二巻」筑摩書房、1998年。岩波文庫、2011年)

※4 大塚光信編『大蔵虎明能狂言集 翻刻 註解』上(精文堂、2006年)

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木部暢子(きべ・のぶこ)

1955年福岡県生まれ。人間文化研究機構機構長。九州大学大学院文学研究科修士課程修了。博士(文学)。専門は言語学、日本語方言学。著書に『そうだったんだ日本語 じゃっで方言なおもしとか』(岩波書店)、『方言学入門』(共著、三省堂)など。

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